その後のTDR125

高校時代個性豊かな2stマシン GT750やマッハⅢなど個性豊かなバイクが存在した。
現在2サイクルエンジンは1970年代排ガス規制や第1次石油ショックにより日本国内やヨーロッパアメリカでは販売されてない
しかし、アメリカでの排出ガス規制がより厳しくなり始めていた1970年代の後半、「ヨーロッパではピュアな2ストロークスポーツを望むライダーが多い」という情報が届いた。この情報が「2ストロークのヤマハ」を自負してきた多くの技術者たちに火を付けた。「これが最後になるかもしれない。だからこそ、ヤマハ2ストロークの集大成となるモデルをつくりたい」という熱い気概がみなぎった。こうして「RZ250/350」の開発がスタートし2サイクルブームはこれを皮切りに再び燃焼を始めたが重なる排気ガス規制により短命となった。
当時1970年代まで2サイクル名門メーカースズキもバイクや軽自動車に至るまで2サイクルだったが、以降4サイクルエンジンに転向することになる。

2013年に中古で僅か1000km走行のTDR125(2サイクル)を購入
ファーストインプレ→TDR125国産ヨーロッパ仕様(ファーストインプレこの記事で解ると思うが本来2stエンジンのピーキな性格は既にヨーロッパの規制に準じそのエンジン特性は消えてた

スズキの2stの虜になり今尚ガンマでサーキットに出掛ける実弟話すと
TDR本来2stの特性を規制で抑え込んでる何かの方法で元気な2stに復活するかも・・・・
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既にCDI制御になってるTDR。
蛇足(1970年代のバイクはポイント点火が多数占めてた先に書いたGT750もポイントマッハⅢは当時珍しくCDI)
情報を集めてみるとCDIから出てる配線のフリーになってる(青/黒)をGNDに落とす事
やってみる価値はあるかも・・・・結果
加速はだいぶ改善されたが。。いまいち物足らない、排気系も改善しないと詰まり状態が改善しないだろう

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早速ドイツからイタリア製ジェネリーのチャンバーをセカイモンから取り寄せ
2stの特性が明らかに復活したかに思えた

しかしこのバイク実弟の友人が欲しがってたのでよしみもあって一言返事で譲ってしまう
その変わった多くの真価は自身で体験出来なかった

数日前実弟から電話があり彼らの仲間とツーリングに行ったらしい勿論大型バイクに混ざりTDR125も一緒だ
帰路は高速を使うのでTDRは無理・・・・・
しかし・・・・TDRで高速道路に入ってしまうアホな奴ら
結果報告としてTDRは(ピィィィ~ン)と音を立て時速140kmで走行したらしい
なんと無茶な連中だ。






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