春を待たず奈良へ行こうか・・・R1200RTで?

この時期にバイクで西へと企む親父。
北関東から近畿地方への旅は辛い中央高速は使えず東名高速経由となる
『箱根や関が原は大丈夫だろうか・・・・?』
その気になれば行けるに違いないと。想像しながら色々な事を考える
勿論バイクなら単独予定。
去年11月21日~22日にかけて息子のVTR250とT氏のFJR1300の3台で京都へ向かい、冷たい雨にも遭遇せず無事終り旅から2ヶ月が過ぎ先日北関東では珍しく雪、バイク通勤は諦め最近お気に入りの軽CAR(スバルサンバー)で帰宅し翌日には雪は止んだが寒い冬に逆戻りだ(通勤途中)
そうだ!進学も決まり学校授業が少なくなった息子とサンバーで行こうか・・・商用車なので任意保険も年齢制限が無い。(運転させられるので親父は楽だ・・・・)

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でも・・・やっぱりコイツと行こうか。。。

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何れにしても1泊2日の工程となる
まず初日京都へ向かい|| KTV || 関西テレビ放送 [ 番組 よ~いドン! ]となりの人間国宝さんに認定されたオヤジさんを冷やかしに・・・(笑


その足で奈良へ・・・・

奈良行きを志した発端は親父の郷土で30年間に及ぶ歳月を費やし足利市内に於ける庚申塔2300基以上の調査を続けられ、これを優しく敬虔な目で学問的に説かれた(我が母校の田村 允彦先生)著の足利の庚申塔の本からである

序文より
はや、敗戦後五十六年余を数えるが、その間祖国日本は大きく変わった
政治も経済も社会もそして文化も。勤勉な日本国民は虚脱混迷の中によく立ち上がり、見事に経済復興を成した。が、生活環境の激変は古来からのよき歴史的風土を大きく破壊し、かけ替えのない日本民族の歴史遺産や伝統文化を失わせしめた。
その一つに庚申のまつわりがある。
古代からの庚申の行事は中世には庚申信仰が次第に行われ、近世に入っては庶民に及び日本全国に広まり、家内安全・五穀豊穣などあらゆるご利益願うまさに国民的信仰となった。が、この伝統的信仰も漸く衰え、いまやその歴史を示す「庚申塔」は路傍に風化し、その存在さえも危うくなっている


平安貴族の「庚申の御遊」から鎌倉時代もほぼ同じで公家や上級武士の間で行われ、特に武家社会の様子は「吾妻鏡」などに記録されてる。庚申の夜の催しは京都のそれに倣っていたと考えられる
また、「吾妻鏡」巻三十一の嘉禎三年(1238年)3月9日の守庚申には足利義氏も参列してる事が記載され続く室町時代も「庚申会」が催されていたらしく多くの書物に残る、ただいつ頃から判然としないが、庚申の夜の集まりが庚申会や守庚申などの表現に対して「猿待」と言う呼び方も出て来たようでこの頃には、上流階級だけで無く庶民の間にも広がって行った様子が窺われる。
『庚申信仰』(平野実著、角川選書、1969)には東京都練馬区に有る板碑が紹介され
「長享二年(1488)戊申十月廿九日」の紀年銘「奉申待供養結衆」の銘、僧侶1名と造立者13名と併せマンの種子が刻まれ、庚申塔関係で最古の石造物とされてる
この長享二年の頃には各地で土一揆が起こり、とくに加賀の一向一揆が前年から起こり応仁の乱以降戦国の世に移った世情不安な時代で、神仏に救いを求める庶民の動きも察せられる
戦国時代には、次第に庶民の間にも浸透し、16世紀には各地で庶民による(石板を含む)造立が進み出した。ただこの早い時期の庚申塔は、中心に捉える本尊は、阿弥陀如来・地蔵菩薩・大日如来あるいは、阿弥陀三尊など各種で、それらが彫像や文字、種子で彫られてる。この古い庚申塔は、比較的奈良県内に多い。
奈良県桜井市小夫の庚申塔
磨崖仏として彫りつけられていた庚申塔。近年道路改修で道幅の拡張に伴い、かつての崖も開削され道路の中央に大きな岩の塊として遺されてる
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奈良へ行きたいこの目で見たいそんな単純な親父だ・・・・






20分の距離スーパーシェルパで出かけようと思いきや・・・寒さに負け車で移動

行き先は足利市内に有る徳蔵寺
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千庚申塔が奉納されてる御堂

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希有な千庚申塔(栃木県指定民族文化財)造立寛政12年(1800) お寺の境内外にあり近年剥離も見え出した為今は境内の御堂に奉納されてる
コンデジの撮影の為・・・全体が撮影出来ずに外の写真を添える(左)
総高2メートル90センチ 
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(正面)軸部に千庚申の表記と併せて「庚申」232(左側256 後側256 右側256)の文字が千個彫られてる 

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青面金剛彫像が塔身に示され月・日・二童子・夜叉(正面)

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首部に青面金剛真言の内「オン・ディ・バ・ヤ」の種子(正面)

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基壇に三猿・二鶏(正面)

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塔身に夜叉二体(左側)

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首部に正面に続く青面金剛真言の内「キシャ・バン・ダ・バン・ダ」の種子(左側)

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基壇に銘文(左側)(後側)(右側)と続く(漢文の素養が全く有りませんので後に資料からアンチョコしてこのログへUPします・・・涙)
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塔身中央に「ウン」の種子 右に「寛政十二年庚申年」左に「十二月庚申日建之」(後側)

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首部に左面に続く青面金剛真言の内「カ・カ・カ」の種子(後側)

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塔身に夜叉二体(右側)

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首部に後面に続く青面金剛真言の内「ソワ・カー」の種子(右側)

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春を待たずして奈良へ・・・・?

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Comment

ロンゲのオヤジ

この時期にですか?
関が原が心配。
5度目の襲撃、大丈夫かなぁ~!?

kazu親父(a soft breeze)

今日立ちます
出発は夕方ですね明日は例のところへ泊ります

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