些細な発見

通勤途中の道脇に有る見慣れた庚申塔を見て、ふと思い当る

それは、先日行った京都の事だった。
近畿地方(丹波)において庚申信仰の遺物である庚申塔を野辺に見出すことはまれである事。

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先代の足跡 (HPより)
江戸時代まで、日本の神道と仏教は融合しあう時代が続いていましたが、慶応4年(=明治元年)に出た神仏分離令で、(「庚申待ち」・「お日待ち」)。仏教・神道・陰陽道・道教などが結びつきあった民間信仰は衰退して行ったと聞いてます。
中には今だにお寺や神社に庚申塚が合祀されたりしてます。しかし最初から合祀された考えと違う説も有り、明治時代になると、政府は庚申信仰を迷信と位置付けて街道筋に置かれたものを中心にその撤去を勧めた。よって後に神社やお寺に合祀された可能性も高い。
さらに高度経済成長期以降に行われた街道の拡張整備工事等によって残存した庚申塔のほとんどが撤去や移転されることになった。
近年、私が幼少の頃、家の近くに立派な庚申塔群が有り、河川改良に伴い近くの墓地に移転したようです。
風雪と周囲の環境の変化に耐え、かろうじてその形を保ちながらひっそりたたずむ石塔や石仏これらは庶民の残した貴重な文化遺産と言えるでしょう
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↑お馴染みの文句ですがご勘弁を(笑)


庚申塔は庚申信仰のいわば記念塔
旧暦では60日に1度、庚申(かのえさる)の日が巡って来る、この夜眠ってしまうと人の体内にすんでいる三し(さんし)という虫が天に昇り、天帝にその人の日ごろの行いを報告するという道教の教えがあり、罪状によっては寿命が縮まると言われてた。寿命が縮まっては大変!この日は身を慎み、虫が抜け出せないようにと徹夜して過ごし、身を慎むことから始まり徐々に米や野菜、お金を持ち寄り、皆で飲食・歓談して過ごす楽しい集まりになっていき、さまざまな情報を交換し、農作業の知識や技術を研究する場でも有った。
この集会を3年18回続けた記念に建立したのが庚申塔。

近畿地方で庚申塔を見かけることは少ない。それはたぶん、近畿地方では著名な寺社が比較的多い地域的事情から、雑行が禁じられなかったにせよ人々の関心は夜っぴて信心の灯をともすまでには至らなかったのだろう。
もっとも、大阪には四天王寺に庚申堂があり、洛中には八坂庚申堂がある。庚申信仰は存在するが、地域の寺院中心に行われていて人々の庚申信仰への関心は他の地域とはやや異なっているのかもしれない。


世間の不景気も身にしみ暇なこの頃。

まぁ、そんな訳で、以前じっくり行って見たかった場所へ・・・・・・

69年式HS1バイクでGO!

群馬県から足尾、日光へ続く国道122号線を進み県道沼田街道に入り黒保根村へ

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目的地の庚申塔群

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この地方には珍しい双体道祖神(長野県には多い)

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様々な形の庚申塔

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これも庚申塔なのか?3重塔であるが・・・・

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3重塔の上段を見ると月と日と雲が彫られてる。まさしく庚申塔である
そして一番下には庚申塔の文字が

DSC01274_R.jpgDSC01272_R.jpg

他の地方では見出す事の出来ない庚申塔だろうか?
その庚申塔群の中に、このような多重塔が合計3基ある
他を調べると・・・・・

DSC01280_R.jpg

風化が激しく中段は彫られた様子は有るが見取れない
しかし最下段には鶏らしき彫り物が2対

庚申の日の翌日は「酉」の日となる。徹夜して翌日を待つ象徴として、酉を鶏で表したものだ。当時の日付変更は翌日の夜明け。日の出前でも鶏鳴を聞けば、すでに翌日という解釈も生まれる。
これも間違い無く庚申塔の証拠が取れた

DSC01281_R.jpg

最後の塔は風化が一番酷く証拠の彫り物は見出せなかった

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この近辺(みどり市東町小夜戸地内)には石造五重塔と呼ばれ、みどり市指定重要文化財としてその5重庚申塔が有る
(元禄4年(1691年)造立、高さ312cm、形式は五重塔であるが、実際には庚申塔として造られ祀られたものだと思われる。東町(旧勢多郡東村)の庚申信仰の歴史を知る上で貴重な石塔文化財である。また、銅街道の道祖神であるという説もある。)http://www.city.midori.gunma.jp/bunkazai/azuma11.htmみどり市HPより

この風化し彫り物が見出せない塔も自分なりに庚申塔と確信する




そしてその石造五重塔に向かう

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庚申塔の証拠である月と日が刻まれてる

DSC01337_R_20090610001511.jpg

自己満足をする親父(笑

DSC01346_R_20090610001518.jpg

この地方にも特有な庚申塔が有る。。昔それぞれの地方で民間宗教が融合して多種多様な碑が建てられたが思いは皆一緒だったのだろう

素朴で優しい先代達の足跡を追ってみた

時がゆっくり流れた時代・・・・・・正反対の現代、忙しく時が流れ
そんな中に生きる親父は文明の力で帰る

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親父様。
オイラ、丙申で息子は庚申です!
記事を拝見し目から鱗が落ちました!!

バイク乗りは
いえ、皆さんの人生が
こう有って欲しいですね♪

http://www.youtube.com/watch?v=eArP9MLZx_o
  • URL
  • 2009/06/10 20:00

kazu親父

慎み深く尚懐が深い庚申信仰だと思います
いかなる宗教も否定せず取り込み育て人との繋がりを大事にした民間宗教です
こんな気持ちが有れば宗教戦争なんて起こらないでしょう
本来日本人気質の宗教だと・・・・

この日近所で100km位の移動でしたがなんと
庚申塔や馬頭観音塔、二十三夜塔(月待信仰)の庶民文化財を50以上見つけ(発見)しました
ほんとうに良い日でまた考えさせられる時間です

また、珍しい庚申塔を見つけてみたいと思います

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