生きる(癌や膜下出血)

  • 2009/06/04 15:25
  • Category: 日記
最近、自分の周りでは生や死に対し様々な出来事が・・・
半生を過ぎ50代となれば、やむを得ない事かも知れない
自分の歳を振り返り、そんな歳を取った自分に対して不思議さも覚える今日この頃。


友人の死

中学時代からの友人の葬儀が先週行われた、50歳・・・まだ若い半生で幕を閉じてしまった

彼の亡骸は先週異国の地から帰り正装のチャイナ服とチャイナ靴に顔には薄黒く化粧され中国式だろうか?そして円形の棺桶と共に・・・異国の地で丁重にして貰い祖国に帰った

5月上旬、彼が膜下出血で異国の地で倒れ約1ヶ月の集中治療も虚しく旅立つ
最後に会ったのは今年の2月で旧正月に当たる時、中国は2月の旧正月が盛大となる時期で一時帰国をし、夜を徹して彼と飲み明かした日が最後となる
彼の勤務先で仕事の繋がりが有り仕事で渡航予定も有る『中国に行った時は宜しく頼むぞ・・・・・』など言葉を交わしたのもつい最近だった
そんな幼き頃からの友人はもうこの世には居ない

俺も10年先か20年先か宿命は解らないが後から行くから・・・・・

戦時中の頃の人達には申し訳無いが現代の日本や世界は混沌として来た兆候が
未来を担う子供達の未来は混沌としどうなる事やら

俺も、もう世の中には未練は無いさ・・・と無責任に思ってしまう
生きる事とは一体何だろう?

友人の死で彼の事を客観的に考えた
彼はまだ独身で日本に於いてはお袋と二人暮らしだった
しかし、兄弟は男二人健在の境遇にある

彼の中国赴任は当初言葉の壁も有り大変だったらしい
しかし、話を聞くと、かなり楽しく人生を謳歌してたようだ・・何よりの幸い
まして、今回の病気で例え命が助かっても人生の復帰は難しく本人もとより周りの人達も苦労する事は必須だったに違い無い。
短い人生でも友達達に恵まれ、最終中国でも彼らしい本来人に好かれる性格で楽しい生活をしてた
彼の一時帰国の時彼は
『若い彼女が居るからデジカを土産に買って帰る・・・・』と言ってた
その彼女は友が、この世の記憶が消え失せる瞬間一緒に居たそうだ

友の冥福を祈る。







俺の親父

昭和元年(大正15年)12月生まれ84歳

84歳になる親父は前立線癌と診断され骨転移もしてステージDだろうか?
親父との思い出は何故か
昭和36年当時の様子を鮮明に覚えてる・・・・・
自動車で良く連れられ出掛けたからだろう

マツダT600に乗る親父       幼少の俺と親父
DSC00929_R.jpg  DSC00928_R.jpg

この歳になっても何故かあの頃の想い出は鮮明に残ってる
国道と言っても砂利道が多く、信号も殆ど無い

実の両親は実弟家族と一緒に暮らしてる
まだ、両親とも健在だが・・・・・
先日、実弟から電話が入り『どうやら親父は癌らしい・・・・』
そんな事から昔の家族一同(親父、お袋、俺、弟)で病院へ行った
時は過ぎ昔の家族4人。
今現在はお互い兄弟家族は多くなり、別々の生活で、互いに子供達は3人親と同居(7人家族)と(6人家族) 病院の車中の中・・・・昔4人で車に乗った記憶が蘇る。まだ車の往来も少なく車が有る家庭はとても珍しかった時代 何か昔の小さな家庭を思い出した。民家の少ない田舎で夏は蚊帳が有った頃

今月29日に癌の進行状況等詳しい情報が明らかになる
84歳になる親父に弟は
『もう、よかんべ84歳だからなぁ・・・・・』と
親父は、少し笑いながら
『そうだなぁ・・・・・』と
今もって因業な所が有る親父に諭した言葉だろう。
しかし、言葉は少なくとも、兄弟の気持ちは同じだった
(苦しまずに迎が来て欲しい)ある意味残酷な考えだが本当に親を思う気持ちだろう

84歳になる親父は戦争も少し経験した。あと1日終戦が遅れれば沖縄に行ったそうだ
終戦となり、終戦の混乱期から、そして朝鮮動乱(朝鮮戦争)で日本は成長期に移り
そんな流れの中、親父は兄弟が多い中から離れ核家族として所帯を持ち現在に至った

84年の生涯を生きた親父は日本の成長と共に生きた人
戦後、日本の道徳教育が骨無しになり
俺の幼少の頃、軍歌や教育勅語を聞かせたりした親父だった

人の人生とは短く
季節の流れは速く繰り返す、また季節が行く度か繰り返し親父の後を追う事になるだろう

人間の性(サガ)で今再び混とんとする警鐘が有る中
俺達は何を子供達に教えたら良いのだろう?
何も解らない・・・・・何も出来ない・・・・
しかし、何かを教え生きる事を教えなければならない













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ASPCA

哀しすぎますね。
オイラも齢50年を超えて めっきり弱気に!

大病も無く平凡?に暮らして来れましたが・・・。
後何年と考える事がふえましたね。

オイラの親父は大正14年の10月生でした。
他界して10年。

子供の頃事故で片目が見えず運転とは無縁でしたが・・。

寿命は解りませんが、有意義な時間でありたいですね♪

亡くなられた御友人に。   合掌。

  • URL
  • 2009/06/04 17:47

kazu親父

早いもので半生を過ぎてしまい
考えてみれば大河の流れに流され翻弄された人生の様な気がします
10代や20代の頃は血気盛んで平々凡々の生活や世間に反感を持ち何かやろうと思った事も・・・しかしそれは単なる井の中蛙に過ぎ無謀と言う言葉も知りませんでした

しかし、ある意味その若かりし頃の無謀や希望が今や愚痴や批判に変化してる事もしばしば

(青年よ大志を抱け)と言う言葉があります
これからの時代、子供達にそんな言葉が言えるのか心配所です・・・きっとそんな心配は歳を取ってしまったから生まれて来るものでしょう。

生きる事は希望を持ったり挫折したりの繰り返しなのでしょうね

始まり有れば終わりが有る
この歳で、遅れながら身近に生と死をかいま見た今、色々と考えた時期でした

取りとめもなく思った事です



ASPCA

http://www.youtube.com/watch?v=MRPMje6ksAg&feature=related

親心を知って欲しいですね!
青臭くてごめんなさい。
  • URL
  • 2009/06/05 19:37

kazu親父

この何とも言えぬ純粋な気持ち素晴らしいですね

少し音楽から離れた親父にとって新鮮な音色と詩でした
CD買って来よう!

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