民間宗教と道徳

江戸時代まで、日本の神道と仏教は融合しあう時代が続いていたが、慶応4年(=明治元年)に出た神仏分離令で、(「庚申待ち」・「お日待ち」等様々)。仏教・神道・陰陽道・道教などが結びつきあった民間信仰は衰退して行った。

例に上げ庚申信仰とは
寿命を縮めないために? 江戸時代に大流行した民間信仰で
旧暦では60日に1度、庚申(かのえさる)の日が巡って来る、この夜眠ってしまうと人の体内にすんでいる三し(さんし)という虫が天に昇り、天帝にその人の日ごろの行いを報告するという道教の教えがあり、罪状によっては寿命が縮まると言われてた。寿命が縮まっては大変!この日は身を慎み、虫が抜け出せないようにと徹夜して過ごしす。
日本では既に10世紀ごろには盛んだったようで、『枕草子』、『大鏡』などに記述があり 
この教えが広まっていく中で仏教や庶民の信仰が加わり、江戸時代には全国の農村などで大流行しました。

身を慎むことから始まり徐々に米や野菜、お金を持ち寄り、皆で飲食・歓談して過ごす楽しい集まりになっていき、さまざまな情報を交換し、農作業の知識や技術を研究する場でも有った。
この集会を3年18回続けた記念に建立したのが庚申塔。
長寿や健康のみならず、家内安全や五穀豊じょう、現世や来世のことなどを祈り、それを碑面に刻んだ


珍しい(五重塔の)庚申塔
DSCds313_Rr.jpg

北関東(群馬)で良く見かける庚申塔
庚申塔には、さまざまな主尊が塔面に現われてくる。道教に源を発する庚申信仰は、日本で同化する過程で仏教の各宗派や神道・修験道、あるいは古来から伝えられた民間信仰(たとえば日待信仰や月待信仰)などの影響を受けて変容をとげてきた。特に仏教化が進み、庚申縁起が成立して礼拝本尊が説かれるようになり、供養塔の造立が広く行われると、それぞれの指導者がいろいろな主尊を登場させてくる。
また庚申講を指導する宗教家の宗派によって、例えば神道では猿田彦大神を、日蓮宗では帝釈天を主尊にしている
庚申縁起は、時刻によって異る本尊が礼拝され、そうした事情からみても庚申塔にいろいろな主尊が刻まれている。

庚申塔は塔面に『庚申』の文字や梵字で標示した「キリーク」「ウン」等がある
主尊が刻まれる場合 日と月と雲や鶏 猿(拝侍二猿や三猿)が刻まれたり主尊(青面金剛王)が邪鬼を踏みつけてる場合も有る 

DSds2497_Rr.jpgDSds2497_Rr (1)DSCsp160_Rr.jpg
DSCsp160_Rr (3)DSCsp160_Rr (2)DSCsp160_Rr (1)





そして明治維新と共に、教育勅語が
これは、西洋の学術・制度が入る中、軽視されがちな道徳教育を重視したものである。もちろん、西洋文明にも宗教(キリスト教)を背景とした道徳教育は存在するが、それを直接日本人に適用するわけにもいかず、かといって伝統的に道徳観の基本として扱われてきた儒教や仏教を使うことも明治新政府以降の理念からすれば不適切であった。このため、伝統的な道徳観を天皇を介する形でまとめたものが教育勅語とも言える。こうした道徳観は、伝統的な儒教とは異なるものであり、江戸時代の水戸学からの影響が指摘されている。

日本の終戦となり
初期の連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) の教育勅語改訂構想もあり、教育勅語の廃止は元々決定されていたものではなかったが、その後GHQは、廃止の方針を決めた。また、教育基本法の起案者の1人であった田中耕太郎も、教育基本法では教育精神的な規定を設けずに、教育勅語を初めとする文書類との棲み分けを図ろうとしていた時期もあるが、後に田中耕太郎は、自己の著書の中で、教育基本法が教育勅語の代わりとなったことを記してる

なお、教育勅語は、神聖的なとりあつかいや朗読が既に止められていたが、1948年6月19日に衆議院では排除、参議院では失効確認がされた

後に教育は学問だけの教育なり、間違った個人主義が台頭し
道徳は疲弊してしまったのだろうか?

物は豊かになったが精神面はどうか・・・・

贅沢な生活をしながら子供達の給食費を払わない親達・・・・等々

悲観的に成らず、まだまだ人らしい人達は大勢居るに違いない・・・・・そう信じよう

Pagination

Trackback

Trackback URL

http://kasehikaru.blog121.fc2.com/tb.php/343-f2283a0f

Comment

松井大門

勉強になったようううう!!!
道徳の大切さ!!!!!!!!!!!
今の教育者たち分かってない!!!!
何とかしないとううう!!!!
  • URL
  • 2009/01/23 22:21

はおはお

庚申てそういう意味だったんですね
道祖神みたいなものかと思ってました
  • URL
  • 2009/01/24 00:32

kazu親父

昔は他人が先生であり生徒でもあったと思います
皆で力を合わせ生きて行ったのでしょう・・・

物は無くとも心豊かな時代だったかもしれません
きっと絵を見て感動する事と同じでしょう

気持ちですよね

さて先生の絵見に行こう!

kazu親父

道祖神も庚申塔もある意味同じだと思います

日本人で有るが故宗教に関し最も寛容で融合した時代だったのでしょう

今尚残る祭り事はそんな名残ではないでしょうか

風雪と周囲の環境の変化に耐え、かろうじてその形を保ちながらひっそりたたずむ石塔や石仏これらは庶民の残した貴重な文化遺産と言えるでしょう

そんな思いを馳せながら道端に佇む
お地蔵さん、道祖神、庚申待ち・お日待ち(二十三夜等)を探すと楽しいです

西風

昨日は途中までコメしていて長すぎてやめてしまったのですが
僕は、ある事情で3年間お寺でお世話になっていました。
そこで学んだ事はたくさんありましたが
その学んだことをすべてまとめると出会いと素直にありがとうそしてごめんなさいと言える心でした。

話をまとめるのが苦手なのでうまくお伝えできておらず申し訳ありません。
ちなみに僕は今でも無宗派です(笑)
  • URL
  • 2009/01/26 06:55

kazu親父

>その学んだことをすべてまとめると出会いと素直にありがとうそしてごめんなさいと言える心でした。

なかなかその基本が出来ない世の中ですが
最も大事な事で世界共通だと思います
嘆かわしい事ですが今の日本人はそんな事が疲弊してしまい素直と感謝を毅然と出来ない若者が増えています

本当の豊かさは気持ちから生まれるものですよね。

Post Your Comment

コメント登録フォーム
公開設定

Utility

プロフィール

kazu親父

Author:kazu親父
★お知らせ★
2008年12月よりFJR1300Aから BMW R1200RTに乗換えました。
ブログタイトルはこのままにします宜しくお願い致します

風と共に FJR VTR




風と共に FJR VTR

↑ツーリングクラブ ECHO


にほんブログ村 バイクブログ ツーリングへ


カレンダー

プルダウン 降順 昇順 年別

05月 | 2017年06月 | 07月
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -


検索フォーム

ツリーカテゴリー