慎み深い願いの跡

冬の透き通った空に誘われ
会社を抜け出した冬の午後

スーパーシェルパで先代の足跡を訪ねる

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季節は巡り冬となり山の雑草は枯れ
先代達の願いの跡が現れる
向かう先は地元 上州米山薬師尊の有る小高い丘
そこには多数の庚申塔や石仏がある

小高い丘に有る石段
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埋もれかけた庚申塔が現れてくる
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上に行くと庚申塔と石仏(お日待信仰?)が大量に
江戸時代まで、日本の神道と仏教は融合しあう時代が続いていましたが、慶応4年(=明治元年)に出た神仏分離令で、(「庚申待ち」・「お日待ち」)。仏教・神道・陰陽道・道教などが結びつきあった民間信仰は衰退して行った
そこで此処の丘に集められたのか、それとも・・・・・今は誰も解らない
麓にはまだ新しい庚申塔も有った 政府が民間宗教を禁止しても人々のより所や集いは変わらなかったのだろう
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風雪と周囲の環境の変化に耐え、かろうじてその形を保ちながらひっそりたたずむ石塔や石仏これらは庶民の残した貴重な文化遺産と言える

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今までの親父の調査によると文字像より青面金剛等の像が刻まれてる方が年代が古い
邪鬼を追い払う金剛の厳しい顔の中に何か優しさがうかがえる
かすかに読み取れ延宝4年とある(1676年)

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丘のしげみの中にひっそり建つ庚申塔
先代の人達は現世や来世のことなどを祈り、それを碑面に刻んだ

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火災で焼かれた薬師堂は今は丘の頂上には無い 丘から見る下界と上州の山

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麓に新たに建てられた薬師堂を後に帰路に着く

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途中の道傍にて

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此処まで来たついで・・・自宅の裏の様子を
今年の春と今
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短い過去への旅だった



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