認識の甘さとはお互い結果的に事後行動となった事である現在の学校側立場からすれば当然やむを得ない処置
我々の子供達を謹慎処分にした事実
以下が学校からの回答書抜粋(学校側の言分は私の時と全く同じ)
突然、通知書をご送付いただき驚いております。
保護者の方と学校の教職員は、子供を健全に育てるために、本来は足並みをそろえて
協力し、子供の教育と指導を行う関係にあると思っておりましたので、保護者の方に
このような通知書を作成させる事になった行き違い、本当に残念に思っております。
A君の特別指導が行われた○月○○日は、校長は公務で出張しており、代理指導を教頭
に頼みました。直接校長が指導できなかった事を申し訳なく思っております。
まず、頂いた通知書の中で使われている 「停学」 という言葉です。今回の指導は生徒
の生命に直接関る事に通じるために 「特別な指導」 を行い、「謹慎処分」 をしてもら
いましたが、これらは 「停学」 とは全く異なる指導処置です。「特別な指導」 は、ただ
担任教諭が指導注意するだけでなく、保護者と校長をはじめとする関係者職員が一緒に
生徒の特別な指導を行い、その後 「謹慎反省」 として、通常どおり学校に登校しながら
与えられた学習課題をこなし、二度とルール違反を繰り返さぬよう反省してもらい、生徒
により良く成長してもらうことを目的として行う指導です。従って、「停学」 処分のよう
に、生徒が進学や就職の時の内申書等に記載される処分とは全く違います。あくまで生徒
を良くする教育のために行う指導の内の一つであり、公の履歴に残る 「停学」 処分では
ありません。↑この文面で思う事は人それぞれでしょう
以下前回ブログの抜粋
三ない運動
「社会あるところ法あり」という法諺があり、とりわけ、その社会が特定の目的を持つ団体である場合、その内部で特別なルールが規定されることは社会経験上当然そのため、各学校は、その目的を達成するため必要な事項を定めて、学生を規律することができる。したがって、高校が校則を制定することは許されるが
校則による私生活規律の可否については問題があるそれは、一般にルール設定権限は責任のあるところに認められるのだが、例えば
家庭生活の領域は親の教育権の範囲内にあるため、本来は学校の教育権が及ばない。しかし、現実社会では、「教育の専門家」たる教師・学校に対し、
生徒の私生活指導までを期待する親が増えており、また、校外での生徒の不祥事についての苦情までが学校に寄せられるという現場からの報告があるように、地域社会としてもそれを期待する傾向があり、このような状況から、現代社会においては、必要に応じて学校が生徒の私生活指導を行うことも許容されている
例えば
子供に免許を取得させ仕事の手伝いをさせるこれも親の教育の一環だろう
親がバイク乗りであるならば一緒にバイクに乗る 情操教育だろう
学校側が交通安全教育を放棄するなら(学校側は交通安全教育を放棄してないと言う、しかし机上の教育である)机上では決して危険が解らない親が乗せて交通安全教育をキチンとする
我々の反省点は親の責任たる事をはっきりさせ(親はそれなりの相当な覚悟が必要だろう司法で争うまでの覚悟)
免許取得前に宣言を内容証明郵便や確定日付文章で事前に学校に通達し話合うのが一番の最良であった
学校からの答弁で解るように(生徒の生命に直接関る事に通じるために 「特別な指導」)を親が最初に行う、此れは子を持つ親ならば当然だろう子供の命に関る問題まして、バイク容認の親ならば当然である
この結果として学校側がなおかつ、謹慎処分を履行するなら理不尽そのものである
本日群馬県教育委員会に電話を入れ三ない運動推進を尋ねる
我々の趣旨をはっきり伝え今後の行動もしっかり伝えると丁重な返事で
通学するための適当な公共交通機関がないなど、著しく通学に支障がある生徒に対しては、
各学校でバイクによる通学を認める基準が設けられ・・・・・・
いずれにしましても、交通事故で高校生が尊い命を落とすことのないよう、
交通安全教育も含めて今後も取り組んでいきたいと考えています
色々と参考になりました有難う御座います・との回答
三ない運動推進であるが各学校に詳細(裁量)は任せてあるようだ
そして、娘の志願高といくつかの高校に電話にて
いずれも教頭が応対に出る
三ない運動であり交通事情で許可をするが、許可をしてないに等しい答え
そこで、私の言分を 親の教育権 と文章による学校への通達
免許取得問題で謹慎処分の防御等云々を
話は解らぬ訳ではなかった
逆の立場になれば俺も反対し許可は出さないだろう
事前に親の責任と教育権を言われ文章等を提出ればどうも仕方ない
黙認方向になってしまうだろう
学校側の立場は3年間生徒の命を守る・・・当然である
此処で論議出るがそれしかないのだ
印象に残った言葉がある
こんなはっきりした意見を述べ前向きに話して貰ったのは事例が無く初めての事だ・・・
学校は解っているが内緒で免許を取得してる事も知ってる・・・・
そして在校生の瀕死の事故やら苦悩が伺われた
私「まだ来年の事なのでその時は正攻法で相談します」
教頭「参りました、また悩みがふえます・・・・」
娘が来年、高校入学、バイクに乗りたければ乗せるつもりである
息子の経験を生かし大きい社会の中に小さな社会の決まりが有る事を教え
信念と責任をもってすれば解決できる事も教える
親に責任があるから当然である
三ない運動が始まりもう20年からの月日が経過してる
三ない運動は3年間高校生の命を守る手段
三ない運動は道理の無い理不尽な運動
議論を交わせば、反対論、肯定論 色々あるだろう
私はバイクに関し親が容認ししっかりした教育がなされてる環境にあるならば、親の責任に於いて学校側も容認すべきで決して懲戒処分等は(他の生徒への見せしめ)等言語道断と考える
大勢の生徒を規律する中、教育者側に裁量とする権限が色々な生徒間の問題を生じる
その懲戒処分等に当てはまる生徒個人に対しどのような境遇にあるかの判断が肝要でなかろうか?
3年間の辛抱をさせる それも教育
内緒で免許を取得させる それも教育
三ない運動に疑問を持たなかったのか学校と直談判する親は居なかったのか・・・
最後の教頭先生のあの言葉が気になった 事例が無く初めての事だ・・
自由を求めるなら逃げてはいけない正々堂々と信念と責任を持って


独断と偏見に満ちた親父の戯言です・・・・・ご勘弁を。。。
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