TF125(シーラカンス号)4000kmを刻み

7月上旬に納車されたシーラカンス号はオドメータが4000kmを上回った。
125cc排気量の手軽さ故、大型バイクより手軽に乗り出してしまう
長距離になると辛い所も有るが、それもまた面白く楽しい。

12V化の為テールランプの口金を確認しようと・・・・・・
DSC01177_R_20160929174335d9c.jpg
レンズを止めるボルトの元が欠けてた・・・・・・(レンズは日本製)
おそらく2サイクル特有細かな振動でやられた・・・・ASSY時少し強めにねじ込んだ為かも
瞬間接着材で修理が出来るが既に細かく破砕し無くなった部分も有ったので
早速純正品を手配。

3000km時点で少しカブリ気味なプラグを確認してたが、もう一度
DSC01174_R_20160929180024e9e.jpg
いや~   カブリが凄い。。
このシーラカンス号のデフォルトはファームを高回転で駆け抜ける仕様だったので、ファイナルを日本国内用に変え乗ってるのでその影響なのか?(既に初期ノーマル時点より国内仕様になり遥かに乗り易くパワフルだが・・・)
今一度キャブセッティングを変えてみようと思う。
メインジェット#100(ノーマル)→#95(現状)→#90(予定)
ニードルクリップ 中間(ノーマル)→中間より1段上(現状)→中間より2段上(予定)
この調整により燃料が薄くなり燃費も若干上がる可能性もある

キャブセッティングの前にもう一点、吸気効率を高めてみよう。
DSC01175_R_20160929180030a80.jpgDSC01176_R_2016092918003132c.jpg
エアーフィルターの空気取り入れ口(ダクト)の撤去
DSC01171_R.jpgDSC01172_R_2016092918002915a.jpg
このダクトを外してもエアーフィルターは残ってるので問題は無い。

DSC01173_R_20160929182413f1b.jpg
外した吸気ダクト

唯一残る2サイクルマシン国内生産の行方は?!

日本経済新聞より
2016/9/1 2:00日本経済新聞 電子版
2018年7月に二輪車組み立てなどの生産を終了する予定のスズキの豊川工場(愛知県豊川市)について、同社がイオンモールと跡地の売却交渉を進めていることが31日わかった。スズキ側が豊川市に対し、イオンモールに優先交渉権を与えたことを同日までに伝えた。

 同市によると豊川工場の広さは14万平方メートル弱で、このうち約13万平方メートルが売却交渉の対象となっているもよう。同工場は名鉄豊川線八幡駅近くの好立地だが、都市計画法の工業専用用地となっており、大型商業施設を建設するには用途変更が必要となる。

 スズキは14年、豊川工場の二輪車生産を浜松工場(浜松市)に、船外機の生産を湖西工場(静岡県湖西市)にそれぞれ順次移すことを発表したが、跡地利用については決まっていなかった。


既に排気ガス規制により2サイクルエンジンバイクは、国内で販売されてないが、
スズキ豊川工場で僅かに生産されてるTF125やTF18は、輸出車両として南アフリカ等に

スズキのインド二輪事業の2015年度輸出が6万台(4サイクルマシン)と顕著に伸び、日本国内輸出に対して肩を並べる程となった。
世界的排ガス規制が厳しくなる中
国内生産されてる2サイクルマシンの生産は豊川工場移転に伴い如何になるか?

新車2サイクルマシンは消える運命になるのか・・・・・
DSC00975_R_201608312349245c2.jpg

12V全波整流化決定

ジェネレータコイルを巻き直しアイドリング時に12V発電を
折角なので全波整流化の計画へ

DSC01159_R.jpgDSC01161_R_20160927204048382.jpg

DSC01160_R.jpgDSC01163_R_2016092720405162b.jpg
先日届いたレギュレートレクチファイア
中国広州で作ってます。

DSC01165_R_201609272046155a1.jpgDSC01167_R.jpg
大きさも同じ12Vより全波整流になると大きい。フィンも多く付いてる

全波
コイルを巻き直しハーネスも改造。
電装はなるべくLEDを使い消費電力を抑える方針。
銅線の手配もしなければ・・・・・・

天気にてシーラカンス号出撃

およそ、京都までの半分の距離(長野県木曽町)まで行って見ようとTF125(シーラカンス号)で乗り出した。
高崎まで来た所、長野県の峠を周りたい気分に・・・・・
予定変更しビーナスライン→麦草峠→十国峠(メルヘン街道)経由で神流湖を走り帰宅した。

長野
TF125での軌跡

DSC01153_R_20160926162320927.jpgDSC01158_R_201609261623219f3.jpg
メータ距離で396km走る。走行時間約10時間
燃費29.333km/ℓ

DSC01155_R_20160926162325e50.jpg
ビーナスライン。

DSC01156_R_201609261623439f3.jpg
十国峠
今回は峠道中心だったが、一般道中心なら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




上津屋
この距離15時間以内で行けそうだ。
問題はTF125(シーラカンス号)の6Vヘッドライト暗さが不安要素。
まだ12V化は間に合わないだろう。

シーラカンス号12V化構想4

DSC01061_R.jpg
TF125(シーラカンス号)に装着されてる6V用レギュレートレクチファイア
SH636A-6


キャプチャrrr
1週間以上を要し中国本土より国際郵便にて到着した
DSC01140_R_20160924115151d40.jpg
12V用レギュレートレクチファイア
中国製OEMのSH636A-12と推測して購入した。(末尾の6か12で電圧をレギュレートすると判断)

DSC01148.jpg
既設6Vのレギュレートレクチファイアからコネクターを外し12V用に接続、エンジン回転を上げDC OUT側の電圧は12V~14V。
しかし、アイドリング時は直流7.8V程度
DSC01088_R_20160913195730e4b.jpg
チャージングコイルで計った交流電圧と同じ
電装を12V用に交換し第一構想12V化は不安が残る。
ライトは常時点燈の予定なのでアイドリング時のバッテリーの負担が大きくウインカー使用など正常に機能するか・・・・
TF125のバッテリースペースを考えると容量も小さく不安だ。(ECK-0.20クラス)

どうせならジェネレータも・・・・・
DSC01095_R_20160915180457270.jpg
このフライホールを取ってチャージング&ライティングを見てみる

DSC01143_R.jpgDSC01142_R_201609241301593e7.jpg
まだ綺麗なコイルが顔を出す。

DSC01144_R_201609241302025d0.jpg
コイル銅線は1mmと太目を使ってる
アイドリング時の電圧が役8Vなので、12V近く上げるには単純計算で1.5倍巻き直しする
コイル銅線は1mmに対して0.9~0.95mmを使う事で巻き数を増やせる算段だ
また、巻き直しするならば半波整流から全波整流レギュレートレクチファイアへ変更・・・・・
それともこのままのコイルで全波整流トライか・・・・優柔不断な親父。
ハーネス回路も考えなくては・・・・


シーラカンス号12V化に伴い備録を

レギュレートレクチファイア選択
全波
今や中国製が良くなって来たが不安要素はまったく無い訳では無いのでアマゾンから購入(レビューも良い)

バッテリー選択
現状の6Vバッテリー寸法から12Vバッテリーの選択だが・・・・
限られたスペースで探す 6N4B-2A 長さ=102 幅=48 高さ=97 許容範囲 長さ無し  幅+12mm 高さ+13mm
此処ではバッテリーレス化も視野に入るが・・・バッテリーを検索して見る。

ユアサ 該当無し
古河 FB3L-A  長さ=98 幅=56 高さ=110 (3Ah)
日立  該当無し
ACデルコ DB3L-A 長さ=98 幅=56 高さ=110 (3Ah)
マキシマバッテリー MB3L-A 長さ=98 幅=56 高さ=111 (3Ah)

明日までタイムセール↓
バッテリー
(安物買いの銭失い)ならなければ良いが・・・・ポチっておこう。。

電装系
出来るだけ発電容量を助ける為にLED化にしたい所
最近はLEDが安価になり自動車やバイクにもLEDが目立って来た。

電装の立役者ヘッドライト
バイク用LEDヘッドライト ポーペ
このバルブ」は直流/交流電兼用 AC DC 用と表記してあるが果たしてライトの中にAC/DC用の回路が有るのか?
12V化の前に交流6VでLEDを試して見る魂胆で。

最終的には
fcl.jpg
日本製と言えど・・・・7980円は高いな・・・・焦る事は無い。。

ウインカーの白熱球は意外や消費電力が多く10W位。
中々ウインカーのLEDは厄介・・・極性が有りパイロットランプに回り込んだり、ウインカーリレーが働かない場合が多い
KOSO 汎用LED ウィンカーリレーII
これ良さそうだ音も出るしシーラカンス号には・・・・・・最適。
オレンジ/アンバー ウェッジ 2個セット
まだウインカーバルブは高い・・・・これ2セットだ。。。

テールランプ
SP武川 バイクライト LEDテールバルブ BAY15Dクチガネ
発光色が不明だが・・・・レンズ越に光るだろうか?ナンバープレートにも灯光するだろうか?

メーターインジケーターランプは規格に合う12V純正を探すかな・・・・・


ジェネレターコイル巻き直しの場合
エナメル
コイルを10回以上まき直し出来るかも・・・・・・

12V化に伴う出費は大きいが・・・・・・
チャレンジ精神は良いかなぁ~


明日は久しぶりに高気圧が覆うようで天気。
調子の良くなったシーラーカンス号で600km位走破してみようか・・・・・
R1200RTの短期間走行記録を125cc2サイクルで抜いてしまう勢いかも(無理でしょう笑)

明日は早いおやすみ。

余韻が残った暁(西へ)

54クラブ主催浜松聖地巡礼の旅に無事参加させて頂き・・・・・・何かやり残したかなぁ。。。。
浜松からの帰路は、雨天の行軍なおかつ、漆黒闇峠の洗礼を受けたにも関わらず
走り足りない!心中。
DSC01137_R_20160921111247660.jpg
無事に帰ったTF125
ふと、浜松の宴会で京都の兄貴(軽トラさん)との会話を思い出し創庫(バイクいじりの場)へ行こうと・・・・
相方の銀しどに「10月8.9.10は西に出張いくべぇ」と軽い気持ちで・・・・急な話ですが勇者を募る事に。






一昨年原付2種で京都まで遠征した経験が有り
↓振返る、当初10月初旬の予定が台風の影響で2度足止め断念、3度目は晴れで出発したが・・・・・・
原付2種ロングツーリングエンジンブロー(engine blow-out)
DSC00234_R.jpg
出発から塩尻市160km付近だろうか?走行不能になったK125改
この時は目的の京都まで辿り着けずトランスポーターを呼び長野で宿泊し、翌日自分はカワサキレオ120で単独ツーリングで帰り。相方の銀シドはトランスポーターで帰る羽目に。そして3度目の京都行も断念した・・・・・

もどかしさと残念な気持ちだったが・・・・泣いてたまるかよぉ~渥美清風に(昭和生まれじゃないと記憶に無いと思いますが・・・)
翌週リベンジ!


2014/10/24
DSC00341_R_20141028170515fef.jpg原2RT1日目
10月24日銀シド号はK125からビラーゴ125で出撃。
レオ120SE&ビラーゴ125ロングツーリング(京へ)part 1

2014/10/25
DSC00361_R.jpg原2RTいっちゃん
彦根から八幡市へ

2014/10/26
DSC00386_R_201410291327550a5.jpg原2RT3日目
京都八幡市から静岡 青葉横町!静岡おでん
レオ120SE&ビラーゴ125ロングツーリング(京へ)part 最終

2014/10/27
DSC00395_R_20141029143645b4c.jpg原2RT4日目
京への旅は3泊4日往復メーター読み1198kmツーリングだった。


今回は2泊3日で距離を稼ぎ1日で京都入りを試み、京都から甲府付近まで行って2泊予定である。
最終日は、もし北関東組の強者が居た場合距離数を詰めて関東に近いルートを選ぶ予定。
また時間的に許すなら同じ八幡市の(いっちゃん)に顔を出そう。

DSC01136_R_20160921111246579.jpg
早速相方の銀シドはK125の整備を始め、前回のリベンジを企んでる。

ズズキ歴史館で昭和の匂いを思い出す

  • 2016/09/21 15:01
  • Category: 日記
DSC01125_R.jpg
フロンテ360(LC10)は、スズライトとは異なる新しい試みをコンセプトとして昭和42年に登場した軽自動車。
■主要諸元
●エンジン型式:空冷2サイクル3気筒
●総排気量:356cc
●最高出力:25ps/5000rpm
●車両重量:420kg
●発売当時価格:373,000円(スーパーデラックス)
このフロンテが登場する年を、いくらか遡り昭和30年代後半

マツダT600に乗る親父         幼少の俺と親父
DSC00929_R.jpg    DSC00928_R.jpg
このマツダT600で良く連れられ出掛けた。
この歳になっても何故かあの頃の想い出は鮮明に残ってる
国道と言っても砂利道が多く、信号も殆ど無い田舎道
T600で「今70キロ出てるから蒸気機関車と同じ速度だぞ・・・・」こんな言葉も今も鮮明に残る
家の前の田んぼの遥か向こうは蒸気機関車が煙を吐いて往来した。
そして、フロンテ360(LC10)が登場した時に蒸気機関車は廃止となり電化となった。

追記
地元の両毛線。昔どんな蒸気機関車が走ったか調べたら
001-f1d9e.jpg
しゅうちゃんのお出かけ日記から拝借。
この蒸気機関車が2連編成で走ってた記憶もあり、牽引する貨車の長さが多く貨車の数を数えた事があった。
当時はまだ鉄道流通が主流で商売をやってた親父はT600(後にダットサントラック)で荷物を桐生駅まで運んでた。
駅の貨車ホームには丸通運輸?、そこに行くのが楽しみで汽車を眺めてた

良き昭和の時代

K125 浜松聖地巡礼の旅

K125の54クラブ様御一行に参加させて頂きました711kmの旅、TF125で(スズキ歴史館)へ

北関東小隊組として(雁坂トンネル経由)は4人。
相棒のぎんしど・野田市のアイレス君(ショウチャン)・水戸市の天狗さん
安全を祈願しツーリング前日に太田市に集合し宴会。後日17日出発(AM3;00)予定

ルート軌道を記憶しGPSを使ったが、残念!!壊れてました・・・・
DSC01134_R_20160919153337269.jpg
今回は軌道の画像有りませんがご容赦。


午前3時、浜松に向け出発
DSC01101_R_20160919153340776.jpgDSC01102_R_201609191533415c9.jpg

DSC01103_R_20160919153343305.jpg
雁坂トンネルを過ぎ上九一色村付近にて

DSC01104_R_201609191533460d6.jpg
静岡に入り54クラブ本隊に合流

DSC01105_R_2016091916295612b.jpgDSC01106_R.jpg
警察所仕様?それとも駐在所仕様?珍しいK125です。良いなぁ~~

DSC01108_R_2016091916295962e.jpgDSC01109_R_20160919163000560.jpg
K125の初期型スズキ125S30 2気筒です!排気サウンドはRD125にそっくりでした。

DSC01112_R_20160919163524173.jpgDSC01129_R.jpg
スズキ聖地に到着!54クラブK125です。今尚走る2サイクルバイク圧巻です!

浜松の宿で宴会。
関西から来られた人達とも飲み交わし楽しいひと時です。
そんな中、また原付2種で京都に行ってみようなど、脳裏に浮かんだ。


帰路。
途中、相方バイクのエキパイが緩んだりして、54クラブ本隊から離脱し小隊は3台に別れ雁坂コースへ
修理後、親父・銀シド・天狗3人組みは北上。

雨天走行の影響でまたもやトラブル。銀シド号のテール・ストップランプが昇天する。
甲府市内の(二輪館)へ行き二輪用テールランプ購入して交換修理・・・・ここで1時間の時間ロス
まぁこれは仕方無いこと(笑)

問題は雁坂トンネルを越えた埼玉県側の峠だ・・・・・
明るいうちに通過したかった峠だか、数分で漆黒の闇が既に迫ってる。
この漆黒の峠の経験が無いい二人は不安だったろ。。。。
此処は昔取った杵柄(手前味噌ですが。笑)
老眼になっても遠くは見えます。まして6Vライトでも若き頃はそのライトで走り回った
水先案内人になりブレーキングポイントを後続に伝えながら
後方から来る車に場所を選びウインカーで合図し手招きで前方に逃す繰り返しをして無事峠を通過
それでもまだ田舎道のカーブが多いところ、雨脚は弱くなったが安全の為、まだ水先案内を

地元近くで親父はシンガリに変わり、水先案内人に変わった(銀シド号)は水を得た魚のように地元国道を疾走する。ゲンキンな奴だなぁ・・・・

無事に北関東拠点まで到着した。
その後は恒例の帰宅祝いで3人宴会。

漆黒の闇で雨の峠道、銀シド、天狗さん共々良い経験をした事だろう

54クラブの皆様大変お世話になりました



DSC01133_R.jpg
今回、TF125(シーラカンス号)で約711kmロングツーリング。
改めてノーマル(ファイナルギア)TF125での参加は無謀だったと感じた。ノーマル4.230(55/13) 現状2.937(47/16)
そもそもファームバイクなので仕方ないが、
遺伝子は77年TS125空冷2サイクル。1速・6速ギア比は違うがその他は全て77年式とまったく同じでCDI化されてる素晴らしいバイクで、今だに新車で乗れる空冷2サイクルマシン
燃費は29.103km/ℓ
新たな発見としてTF125の6速は封印だと思ったら、国道1号線制限速度80kmの地点では使え、登り坂でも80km/h5速→6速アクセル半開で加速する事実を・・・・

スズキ歴史館

明日出発します
往復600~700kmかな。
雨にも負けず行って来ます。楽しそうだ(笑)

オドメーター3000km超えるシーラカンス号

7月上旬TF125(シーラカンス)が仲間入りして3ヶ月
DSC01094_R.jpg
走行距離3000km突破

あくまでも、個人的意見として
このバイクは新車で有りながら非常に装置変更等手間が掛かる。

購入の切っ掛けは、77年当時そのままの空冷2サイクルが今でも新車で手に入る事が魅力だったが
最初(ノーマル)で乗って見ると全体がローギアドで、電装は6Vで暗いし、何とも乗りづらいクソバイクの第一印象。
ファームバイクとして海外に輸出してるので当然である。
それを国内でツーリングに使う事など、よっぽど精神力の強い人か、こんなもんなのかと諦めて乗る・・・・変わり者だろう(偏見)
あのピーキーな2サイクルマシンの感覚は何処にもないのだ。

しか~し、あの70年代の空冷2ストロークTS125ハスラーの遺伝子は確実に残ってるシーラカンス号。
諦めてはいけない!

今普通に売られてる市販車のように乗るだけじゃ駄目
ファイナルギア変更やキャブ調整、使用する油脂等を吟味して可愛がろう
そんな甲斐あって3ヶ月で3000kmを走破した

この時期になると小排気量ながら、俗に言うアタリが顕著に出てきた。
水冷時代の2サイクルマシンには、適わないが空冷2サイクル時代のシーラカンスは現在優等生4サイクルマシンを煙の後にする天邪鬼(笑)  燃費は4サイクルには負けるが、30km/ℓ前後をキープしてる。

TF125のエンジンは70年代の2サイクルマシンの中ではそれ程ピーキーで無いがトルク感が非常に良い。

DSC01100_R_201609151805014b7.jpg
ファイナルを変え、キャブはメイン95番ジェットニードルを1段薄くして良い感じだが、寒くなると化石時代のキャブなのでもう少し様子を見よう。ギアオイルは(20W-50)のエンジンオイルなので、少し粘度の高いギアオイルに変更予定。

2サイクルエンジンには昔から有る持病だが・・・・シーラカンスにはエンジンガードが付いてる為
DSC01096_R.jpgDSC01099_R.jpg
こんな現象が顕著に見える・・・・マフラーの付け根からの2サイクル特有のオイルがにじみ出てる
これは仕方ないかも。固体によって表れるものなので。

更なるシーラカンスが生き延びるため、改造する可能性のあるジェネレターコイルをフライホーイル越しに眺めた
DSC01095_R_20160915180457270.jpg
見た感じ巻き回数(電圧)と銅線太さ0.2mm増し(電流)値が上げられそうだ

シーラカンス号12V化構想その3

TF6V.jpgTF12V.jpg
左が現状ノーマル6V                           右が第一構想12V化




DSC01088_R_20160913195730e4b.jpg
アイドリング状態でチャージコイルの電圧を測ると8V弱(テスター12Vレンジ)

DSC01090_R_20160913195732451.jpg
およそ2500~3000rpmで23V(テスター30Vレンジ)

どうもアイドリング時の発電電圧が気気に入らないが、第一構想で進めてみよう。
レギュレートレクチファイアが入手出来たら少しずつ検証しながら12V化へ

12Vレギュレートレクチファイアから十分な電圧が確認出来れば
①ヘッドライトLED選択
②テールランプLED選択
③ウィンカーLED選択
④ニュートラルパイロットランプ
⑤12Vバッテリー選択
上記の5点12V仕様の購入計画を

12V化経過中に第二構想として、(半端整流→全波整流) (チャージコイル巻き直し)電圧、電流強化も視野に入れてる

シーラカンス号12V化構想その2

12V用レギュレートレクチファイアを注文した。
キャプチャrrr

簡単な図面を
TF6V.jpg
シーラカンス号ノーマル6Vレギュレートレクチファイア周辺回路

TF12V.jpg

説明はシーラカンス号12V化構想その3にて書きます

2サイクルギアオイル考察その2

TF125の新車時はシフトタッチが余りにも、硬かったので200km時(20W-50)に交換した
気になったのでサービスマニュアルを見る
DSC01081.jpg
Transmission oil type SEA10-40 の表記。俗に言うとギアオイルにしては柔らかい  メーカー推奨なので問題は無い
勝手な解釈だが、(この程度のオイルで良いよ)と言ってるようだ。
例えばSEA規格でもっと高い30W-60・70とか使ってもギア(トランスミッション)なので問題は無いだろう。ギアはオイルに常に浸され、燃焼室の潤滑を伴ってない。 SEAの数値が低い程シフト感は硬くなり乗りにくい印象をライダーに与えてしまうと思う

2サイクルに乗る多くの人達はこれを使う。
キャプチャgia
GL規格API GL-3  SEA80W

次回はこれを使って見ようと思う↓
キャプチャkenn

2サイクルギアオイル考察

2サイクルギアオイルは、頻繁に交換する必要は無いと言う人も居るが・・・・
有る程度交換を行った方が良いと思う

4サイクルエンジンのバイクはエンジンオイルにより燃焼室の潤滑やギアの潤滑2箇所を補ってる
バイクによってはエンジンとミッションオイルが別々の構造もあり
BMW R1200RTはエンジン・ミッション・デフの3種 ハーレーはエンジン・ミッションの2種類だったかな?
そんな意味合いから2サイクルバイクはギアだけなので頻繁に交換する事は無いとの見解なのか?
車に於いても今はオートマが主流でマニュアルは少ない

バイクに乗る場合シフトタッチが非常に気になるところで、TF125は非常にシフト感が悪い部類に相当する。
TF125の新車時はまだ新しい事もあって異常なほど硬かったが
200km・1000km・2500kmと(20W-50)のオイルを交換する事でシフト感は変わった

今日、スズキRGV250Γで本庄サーキットを走る実弟の所に行ったら
丁度ギアオイルの話が出た。
サーキットで走る場合500km走るとピストン交換するほど過酷で
シフトも高回転域で繰り返すためギアのメンテは通常乗る場合よりはるかに整備を必要とするらしい

キャプチャ赤キャプチャ青
これを使ってるらしく高速走行でのシフト感も相当良いそうだ・・・・「でもそのガンマは乾式クラッチだろ?せん断は有るのか?」と聞いたら、問題は無さそうだ
既に湿式クラッチで2サイクルバイクに仕様してる仲間が居るらしくそのシフトタッチは驚く程らしい。
赤缶が3000円↑で青缶が6000円↑の値段・・・・・・・・
両方使ってみて赤缶十分との話。
「ツーリングで乗るならPSE 75W-90 GL-6で 5000km乗れれば良いんじゃねえかぁ」との言葉で、やはり有る程度の交換は必要か・・・・・・

自分はエンジンオイルと称するオイルをギアに使ってたが(それでも問題は無い)A.S.H OILは完璧にギアオイルと称してる
もっとタッチが良くなるなら少し考えるか。

気の向くままツーリング

TF125(シーラカンス号)はオドメータが3000kmに達しようとしてる。

DSC01070_R.jpg
このシーラカンス号は、煙をモクモクと排出し現代クリーンな排ガス規制には、そぐわない小さな化石バイクです
それでも健気に天邪鬼になっても行きようとしてる。可愛いシーラカンスなのだ。

この距離数になるとアタリも出て、昔取った杵柄のように威力を発生する時期なんですが・・・
現在主流であるシフト全自動125ccのスクーターは恐るべし速さで登りのワイディングロードを駆け上がって行きますが、
シーラカンスに乗る騎手が適所なところで鞭を打って操作すればスクータはシーラカンスの煙の後へとなります(笑)


で、    このシーラカンス号を3000kmまで調教しようと当ても無く出掛けました

DSC01071_R_20160910183117657.jpgDSC01072_R_20160910183119ea8.jpg
白根山
この急勾配はシーラカンスの心臓には過激ですが車の後ろには着いて行ける・・・・・
しかーし、後ろに居る追い越し禁止を守る大型ライダーにとってはシーラカンスの煙で往生します・・・・・
すかさず、合図して先頭へ導くそんな事を繰り返し白根の山です。

DSC01073_R.jpgDSC01074_R_20160910183158cb7.jpg
綺麗に雲海が現れた。
先客の人がBMWのボクサーツインに乗る年配の人(地元の人みたいだ)
「こんにちは、綺麗ですね雲海が」と声を掛けるとニコニコと会釈
TF125のナンバープレートを見て「遠くからきましたねぇ」と
そんな発端から暫し雑談。
別れ際に「気を付けて安全にツーリングを~  そうだ音を聞かせてください」
軽く会釈をしTF125シーラカンスは再び鼓動を開始しその場を去った。

帰路は新潟経由しようかと迷ったが長野経由で榛名山へ
DSC01078_R.jpg
榛名湖にて

DSC01080_R.jpg
今回シーラカンス号と共に走った距離は351kmだった。オドメータが3000kmに及ばなかったが充実したツーリングだった
ツーリング中原付2種を見かけたのが4台とは寂しい
原付2種のツーリングは決して楽ではないが、楽しさも有る。原付2種でキャンプツーなんて最高じゃないかなぁ・・・・
と思った親父だった。

登坂全開を使ったにも関らず30.548km/ℓの成果。
相変わらずカブリ気味だが後日プラグを確認しよう。

シーラカンス号12V化構想その1

空冷77年式ハスラーから派生したTF125は現在でも国内で生産され輸出されてる。
12V化構想にあたり、ネットで調べると6V→12V化の対象は1960年代から80年代にかけて生産された旧車が多い。
当時は、ほとんどの6V車が整流用のレクチファイアはあっても、電圧制御を行うレギュレータを持たないのが12V車との大きな違いであった。
チャージコイル、ライティングコイルともに、エンジン回転の上昇に比例して発電電圧は高まるが、その電圧制御のために「バッテリーをレギュレータ」として利用してた

現在、生産され続ける(TF125)シーラカンス号はエンジンやキャブ等は77年そのものだが、電装系はある程度進化を見せてる。
と言ってもライトやバッテリーは6Vだが点火系はCDI化されポイント点火で無い。

ACジェネレ-タにはエキサイタルコイル(点火系)とライティングコイル・チャージングコイルと3個それぞれ発電箇所を担当してる。

DSC01061_R.jpg
TF125シーラカンス号のギュレートレクチファイア

DSC01067_R.jpg
電装図でも解るがTF125はニュートラルランプ・ヘッドライト・テールランプ3か所が直接ライティングコイルからの発電で補われてる
ギュレートレクチファイアはバッテリーの充電のみに使用されチャージングコイルの発電を7Vにカットし整流しライティングコイル電圧6V付近で制御されてるのだろうか。
(バッテリー端子でエンジン回転を5000rpm位まで上げて測定したら7Vで安定)

DSC01068_R_20160909141427720.jpg
12V用ギュレートレクチファイアに交換しチャージングコイルからの電源で12V化に出来る可能性がある。
但し電装回路は全て直流12V回路にしなければならないだろう。またコイルの発電容量も気になるところだが・・・・・・もしくは全波整流レギュレーターかな。。。
キャプチャrrr


神話と洗濯バサミ

TF125の12V化を模索し


DSC01065_R.jpgDSC01066_R_201609071955212a3.jpg
これを眺めてた
脳裏には、高校時代、新聞配達で世話になったスーパーカブを思い出す
新聞配達用のスーパーカブだったが、その配達バイクは24時間自由に与えられ、そのバイクで自由に周辺の山々(日光や榛名山)へ・・・まだ未舗装な林道にも通った覚えがよみがえった

本当にタフで頼れるバイク、何処までも連れて行ってもらった

ある日曜の昼、新聞配達バイト同僚3人と日光イロハ坂にスーパーカブで行って見ようと話がまとまった
もちろん50ccだ登りは鈍足この上ない・・・・
しか~し下りのイロハ坂はスーパーカブは小さく取回しの良さで最強(笑)
調子ついて・・・・多分尋常でないオーバーレブ繰り返し帰路についたが・・・・・・・
調子が悪くなってた
悪仲間とエンジンを分解するが知識も何もない
元に戻し新聞屋のオヤジに調子悪いので修理を頼む始末だがオヤジも首をかしげ今までそんな事は無かったなぁ~と・・・

原因は焼きつきだったらしい。。。

バイク屋も驚くほどの重症だったらしいが結局13万キロ超えたバイクだったので新車にしてもらった・・・・
その後自分の新車スーパーカブは高校卒業後に別れることになり新車のカブは4000kmをを表示してた

驚くほどの耐久力があるスーパーカブはまさに、神話であり無頓着な高校生だった自分は新車のカブに洗濯ハサミをプレゼントして乗ってたのだ。効果は解らないが・・・・・・
43.jpg
↑画像拝借

こんな事が流行した時代だった

TF125(シーラカンス号)オイルポンプ

TF125は国内生産されてるが、国内販売されてない
逆輸入で入手可能だが・・・・・排ガス規制で大手輸入業者では扱わないのが現状だ
また、こんな変わったバイクを好んで乗る人も少ないのだろう・・・・・?

ある程度部品や車体は組み立てられてるが、バラされ梱包して現車が届くので販売店側は細かな調整をしてるのだろうか?
最初から↓
DSC00781_R_20160709203912007.jpg
マニュアルが付いてくる・・・・市場に出回るバイクならディーラーや製造元で細かな調整済だろうが、TF125はそうでもなさそうだ。

さて、2500km走ったが問題は↓
DSC00925_R.jpg
メインジェットを薄くしたり試行錯誤である(現状走るには問題無く走るが・・・)

一緒に走る相方から煙が多い等の指摘
オイルポンプかな・・・・・・
DSC01060_R.jpg
このカバーを外しオイルポンプの調整を
DSC01063_R_201609062006260ba.jpg
この調整は2人掛かりで

P_20160906_174801.jpg
キャブレターのこの部分のボルトを外してスロットルを徐々に開くと空洞部分になったアイマークが
ここでスロットル固定。

P_20160906_174737.jpg
オイルポンプ側にもマークが有り中間の線にワイヤーの引き具合でポンプのレバーを合わせる
余計にオイルを供給してた可能性が高い(調整に忙しく初期は見てなかったので・・・・とにかく調整をしたので)

今はメインジェットを5番下げて#95とニードルクリップが一段薄くプラグも7→6番だが範囲以内だと思うのでしばらく様子を見よう

ミッションオイルは200kmと1000k時に交換済だが2500kmで交換した
2サイクルなのでミッションオイルはシリンダーやピストンまで潤滑してないので元のオイル色に近かったがやはり鉄粉は出てた。次回は10000kmか一年で良いだろう。

DSC01048 (1)_R
ドレンボルトはスズキさん・・・ワッシャー要らないのか? ハスラーやk125にも無かった(特別なドレンボルトかな?)
気に入らないのでワッシャーは付けた

思い出の2サイクル時代

1976年前半は、まだ大型自動二輪免許が簡単に取得出来た。後に大型二輪限定解除制度試験の長い冬が訪れる事に
翌年1977年スズキは初の4サイクル750cc(GS750)が登場し4サイクルナナハン時代が到来したが、
若者のへの風当たりは強く既に大型二輪免許は高値の花となり国内では若者の乗る二輪は中型に移行した。
また(高校生バイク三ない運動)が追い打ちをかけて若者のライダーは今に至るまで少なくなった。
我々の高校時代は自分を含め大型二輪に乗るライダーも多く見かけた

当時は、まだ2サイクル大型バイクも数多く存在し、スズキGT750を除き全て空冷2サイクルエンジンだった。
しかし、環境問題などから2ストローク車の生産が縮小され各社とも4サイクルへ移行し、
輸出に於いては、大型化4サイクルエンジンで大排気量を開発し750cc超えバイクの輸出が盛んになり国内ナナハン時代は終焉を迎える。

二十歳代の親父CBX1000に乗る
1980年この当時になると大型バイクも珍しくなり再び代2期2サイクル時代に入る
写真には実弟のRZ250(改350)とRD250空冷が写ってる。

1980年代再び成熟した2サイクル時代へ

実弟が免許を取得しバイクに乗り始め2サイクルマシンに乗る
RZ250。
ヤマハも4サイクル車を専門とする第4技術部を立ち上げて開発スピードを加速させる一方、2サイクル専門の第3技術部では従来のRD400を排ガス規制に適合させるチャレンジを続けていた。試行錯誤の末、エキパイの出口にバタフライバルブを取り付けてレギュレーションをクリアした改良モデルを'79年にリリースしたが、開発スタッフの中には対策によるエンジンパフォーマンスの低下にわだかまりを抱く者も少なくなかった。
 同じ頃、本社には「ヨーロッパにはピュアな2サイクルスポーツを望むライダーが存在する」という声が届いていた。そうしたニーズが第3技術部に籍を置く技術者たちの背中を押し、「ヤマハ2サイクル開発の集大成モデルを作りたい」という渇望に火をつけた。技術者たちの間から生まれた「最後の2サイクルスポーツを作り、そこに我々の技術のすべてを盛り込みたい」という気概が会社の意思を動かすまで、そう多くの時間はかからなかった。
 「2サイクルエンジンの良さ、それを余すところなく表現したい」――。営業や商品企画の部門から企画書が回ってきたわけではなく、技術部門の情熱から商品が企画されたRZ250/350の生い立ちは極めて異例で、かつ「正真正銘、これが最後の2サイクルスポーツ」という強い割り切りと決意があった。その思い切った判断の根底には、創業以来、2サイクルモデルでスポーツの道を切り拓いてきたヤマハの自負が流れていた。
国内で'80年8月に発売されたRZ250、そして'81年3月発売のRZ350は、紛れもなく「ヤマハ最後の2サイクルスポーツ」として企画され、開発し、発売された。しかし、RZの衝撃的なデビューは「2サイクルの市場はまだ存在する」ということを証明し、他社がその後を追うことで、結果的に「ヤマハ最後の2サイクルスポーツ」とはならなかった。 RZは途絶えかけたピュア2サイクルスポーツの息をつなぎ、後に空前のレーサーレプリカブームを生み出していく。そして、同時に大型化へと向く国内のモーターサイクルファンの志向に対してあらためて軽二輪クラスの市場適合性を示し、'80年代の元気な二輪市場を築く、その礎となった

2サイクル専門メーカーだったスズキもメーカーの威信をかけRGV-250Γを開発し
ヨーロッパメーカーのアプリリアRS250はスズキ・RGV-ΓをベースとするV型2気筒の250ccエンジンを搭載し、最高馬力は85psの発生も可能とされていた。ガンマのエンジンタイプは、VJ22A型式のヨーロッパ仕様が元になっており、RS250発売開始当初はベースの62psのガンマより8psアップした70psの出力がある事になっていた

日本メーカーが2ストロークレプリカバイクの生産を終了してからも、アプリリアはRS250を生産しつづけていたが、環境規制とスズキからのエンジンのデリバリーが終了したことにより2003年に生産終了となり、このオートバイが世界で最後に生産された250cc2ストロークレプリカバイクとなってしまった。

2009年、原付バイクから大型まで2サイクルエンジンは完全に姿を消した

1次2サイクル時代は(スズキGT750)を除く2サイクルバイクは全て空冷だった記憶が有る
(GT750はその排気量から3気筒と水冷によってエンジンの昇温を抑えたのだろう。兄弟車のGT380やGT550は空冷で有ったがラムエアーシステムにより冷却能力を高めてた)

2次2サイクル時代はRZ250を皮切りに2サイクルエンジンの水冷化が進んだ

最近購入したTF125は77年TS125(ハスラー)そのもので空冷2サイクルエンジンで
4サイクルのトルク感や乗り易さは別として、2サイクルエンジンは馬力や加速に於いて、現在市販されてる125cc4サイクルバイクには無いピーキーな走りが出来る。

(1次2サイクル時代のバイク)その2サイクル125ccバイクの中でも独特な個性が有って面白い
DSC04699.jpg
例えば1976年RD125Ⅱ型はTF125よりピーキーで加速感が非常に良い
RD250とハスラー250も全く同じ感覚だ。しかし林道やOFFは断然その特性でハスラーに軍配が上がる(4サイクルには適わないが)

(2次2サイクル時代のバイク)
水冷化となり排気デバイス等が装備され空冷当時の2サイクルバイクより格段に乗り易くなり馬力やトルクも上がった
8502340B3012121100300.jpg
ヤマハTDR125 EU これは既にヨーロッパの規制があり(1次2サイクル時代)のバイクより馬力は下がり加速も鈍かった
基本は(2次2サイクル)の構造なので、
CDIから出てる配線のフリーになってる(青/黒)をGNDに落とす事とイタリア製ジェネリーのチャンバーを取り付けると
全く別物で(2次2サイクル時代)のバイクに蘇った。
後に実弟の友人に譲ったが、報告として。125ccであるにも関わらず高速道路を走行したらしい・・・・・・(140km/h)で走行したそうだ


そして今あるTF125は個性豊かなバイク時代の空冷2サイクルエンジンで、とても面白い。
DSC00975_R_201608312349245c2.jpg

TF125(シーラカンス号)充電容量

77年式空冷2サイクル ハスラー基本設計から変わらぬまま現在日本で生産され続けるTF125シーラカンス号.に対して素朴な疑問。
電装も6V仕様で昔の設計のまま、強いて言うならば嬉しい事にポイントからCDIに変更になってる事。
このTF125はウィンカー・ストップランプ・ホーン・バッテリー充電は直流6V。ライトとテールランプは交流6V。

77年当時は昼間走行時は滅多にライトを使用せず、現在生産されるTF125にも常時ライト点灯が仕様が無くライトのON/OFFスイッチが付いてる。
サービスマニュアルの電装図を眺めてると、ヘットライト電源はジェネレーターから直接電源供給される思われ
アイドリング点灯では非常に頼りない行燈の明かりで走行中のエンジン回転に比例し明るくなる(そもそも6V電源なので12Vの明るさは期待して無い)

現在公道を走るにあたり常時点灯を励行してるシーラカンス号だが、果たして充電容量は点灯しても有るのだろうか?
素朴な疑問である。

DSC01044_R.jpg
イグニッションキーOFF状態 バッテリー端子電圧6.8V

DSC01043_R_201609032023273c8.jpg
エンジンアイドリング中(点灯無) バッテリー端子電圧7.2V

DSC01045_R_2016090320233076b.jpg
エンジンアイドリング中(点灯中) バッテリー端子電圧6.9V

回転を上げて電圧を測ってないが、回転を上げればそれなりに電圧は上がるだろう。
しかし、常時点灯仕様の現代バイクよりシーラカンス号の充電能力は落ちると推測するがバッテリーのメンテをしっかりする事により、トラブルは未然に防げる。
また、12V化に関しては、おそらくいまの状況から判断すると
ジェネレーター(発電機))の発電容量が低いと思うので、ジェネレーターから考えないと無謀かも
ホンダ系のモンキーやゴリラ等は台数が多く12V化は実績があるかと思うが
スズキのTF125(シーラカンス号)やハスラー12V化の実績は如何に?

もう少し勉強して人柱かな・・・・・

追記
DSC01042_R_201609032018184a0.jpg
トップケース(リアキャリア物入れ)に反射板取り付け

久々に F700GS

DSC01037_R_20160903184201c80.jpg
親父の偏見に満ちた感想から
久々に乗ったF700でライダー達が集まる草木ダムまで行って見た、土曜なのに意外にライダー達が多い
見た目40~50才台の人達。
バイクはSS系だろうかリッターバイクが目立った
駐車してあるバイクを観察する傍ら彼らの話が聞こえてくる
「あそこのコーナーで120キロ出して登って来たけどイマイチ・・サスが柔らかいからキツイな・・・・・」
そんな色々な話は40~50代のレーシングスーツを着た人たちだった。
(この122号線はバイク死亡事故が多くその年代は40代↑である)
その言葉で自分(親父)はもうバイク仲間として声をかける事も出来ず沈黙状態。
スピードを競いバイクに乗るならサーキットに行け!と心の中で思った
けっしってこの親父も常に法廷速度遵守で走るライダーでは無いが・・・・危険回避出来る速度で楽しく走りたいそれだけ。
今は教習所で簡単に大型二輪免許を取れる時代
そして彼らが二輪免許を取れる時代はバイク三ない運動が有りすでに免許制度は中型二輪区分が出来た後だろう。

この親父が二輪大型免許を取得したのは16歳で、その翌年には中型二輪区分となった。
免許を取得した頃、日光方面に向かう草木ダムの国道122号は、まだ未舗装だ
そんな道を、ホンダダックス70ccやRX350・CB500・マッハⅢで通った記憶が今も鮮明に残る。

ネイキットやSSで舗装道路しか走らない人達には、何回もコケた痛さや危険を知らないのだろうか?
(余談になるが当時の道以上の性能を持つマッハⅢ2ストロークでは5速有る中上限3速で走る事が精一杯だった)



久々に乗ったF700のオドメータは・・・・・
DSC01039_R.jpg
2234kmだ・・・あれ!TF125より少ないじゃないか!!!
DSC01040_R.jpg
125ccは取り回しが良く楽しいからなぁ~ でもたまに乗るF700(800cc)もそれなりに楽しく快適だった


TF125の積載

TF125の大型キャリアとタイヤチューブの組み合わせでホムセン箱を取り付けツーリングをしたら・・・・・
蓋の開かない不便さを痛切に感じた。↓
DSC00864_R.jpg



DSC01025_R_20160902180011d0e.jpgDSC01026_R_2016090216250174b.jpg
今回用意したBOXが、トラスコから販売されてる(アルミ万能保管箱 中国製)これを固定する事に決め、
大きく85ℓアルミ箱と言う名目に魅かれ値段も10800円と安かったので購入・・・・・・・・・・・・
DSC01023_R.jpgDSC01022_R.jpg
底部分の突起を外しリベットで戻し

DSC01028_R_20160902162503fe9.jpg
取り付け穴を明けた・・・・・なんと簡単に明いてしまった。材質 本体(アルミ合金) 心材(合板)と書いてあった・・・・・
これアルミ合金と書いて有るがアルミテープの厚いエンボス加工のような物だ!
見た目は非常に良いのだが、本来バイクに取り付ける仕様で無いので防水性は悪いだろう。しかし85ℓ容量で重量は6.8kg


本来本物のアルミBOXが良いのだが、このクラスになると結構高価となり30000円↑
軽くて丈夫なポリプロピレン製射出成型のRVBOXも良いだろう、
またジェイエムエス(JMS)のデリバリーBOXやエキスプレスBOXもFRPも、お勧めかも(株)ジェイ エム エス
まぁ買ってしまったので、この大型BOXで当分我慢しよう。



DSC01036_R_2016090216254714b.jpg
キャリア下に付いて有った小物入れを外し、キャリアとBOXをアルミ製DINレールではさみ込んで取り付けた

DSC01029_R_20160902162526cee.jpgDSC01030_R_20160902162525c33.jpg

DSC01032_R_2016090216252997a.jpg
箱の中底↑

DSC01034_R.jpgDSC01033_R_20160902175843891.jpg
積載容量が大きくなった・・・でも大きいなぁ。

旧足尾線(渡良瀬渓谷鉄道)沿線とTF125の風景

足尾の銅山は16世紀の半ばから4世紀もの間、地元のみならず日本の経済をも活性化してきた歴史のある銅山それを支えた足尾線。

反面大きな負の遺産も残した事を見逃してはならない
日本初の公害問題足尾鉱毒事件。
それは終わったように見えるが・・・まだまだ物理的に大きな問題を抱えてる事は確かだ

今回、足尾に住む80歳を超えた元気な御老人と足尾の事を聞く事が出来ました。
記事を書くと長くなるので次回足尾銅山探訪に追加したいと思う。

今回はTF125と風景

DSC00927_R.jpgDSC00929_R_20160831222228647.jpg
DSC00930_R_20160831222229501.jpg
上神梅駅

DSC00933_R_20160831222231454.jpgDSC00932_R_2016083122223166b.jpg

DSC00935_R_201608312226337ad.jpg
花輪駅。こちらは新しくなってる

DSC00938_R_20160831224030bf4.jpg
素朴な中野駅

DSC00941_R.jpg
草木ダムの下に(1965年までダム湖の中に草木駅が有った)

DSC00942_R_20160831222638bf7.jpg
草木ダム建設にあたり足尾線を迂回させたトンネルだろうか?

DSC00944_R_2016083122264083d.jpg
ダム湖の向こうが国道122号

DSC00945_R_20160831224027c62.jpg
再び草木湖を渡り122号へ

DSC00947_R.jpg
橋の下へ降りてみた

DSC00948_R_20160831224030c99.jpg
沢入駅

DSC00951_R.jpg
 足尾トンネルを抜けると、原向駅。
昭和20年代原堆積場_R
原向周辺の堆積場は、明治30年の鉱毒予防工事命令により大正6年に設置され昭和35年までの43年間使用され
今現存する簀子橋ダム使用以前、スライムは遠下の排泥処理場に運ばれ、ドレッジャーで水と泥を分離し、泥をバケットですくい、脱水乾燥して鉄索で原堆積場に搬出、堆積した。
原堆積場に初期堆積した排泥の一部は戦後再処理して収銅したことがあった。
昭和29年簀子橋ダムの使用開始とこれに伴う索道運搬の廃止で、
旧国鉄足尾線の左手車窓から見えるこの堆積場の活動は停止され、
その後の緑化の進展でこの写真の情景は見られなくなっている。

DSC00952_R_20160831230955b13.jpg
中才地区に入ると古河の遺構が現れ最初に見るシックナー
下のシックナーは山の湧き水を貯めてる。(シックナーの前に佇んでる御老人と足尾の事を1時間以上話を聞いた。

DSC00953_R_201608312309582f5.jpg
遺構となったシックナー

DSC00958_R_20160831231631453.jpg
通洞選鉱所跡

DSC00956_R.jpgDSC00959_R_20160831233000918.jpg
通洞変電所

DSC00960_R_20160831233057ca5.jpg
通洞坑入り口跡は足尾銅山観光として使われてる

DSC00961_R_20160831233602708.jpg
通洞駅

DSC00964_R.jpg
足尾駅

DSC00966_R.jpgDSC00968_R.jpg
終点間藤駅
足尾精錬所が稼動してた時代はこの先精錬所まで延びてた

DSC00969_R_201608312349210af.jpg

bizenn_R_20130515100429.jpg
備前楯山を周り帰宅しよう
この山の地下には総延長1,234kmの坑道がある


TF125燃費は28.22km/ℓでした

Pagination

Utility

プロフィール

kazu親父

Author:kazu親父
★お知らせ★
2008年12月よりFJR1300Aから BMW R1200RTに乗換えました。
ブログタイトルはこのままにします宜しくお願い致します

風と共に FJR VTR




風と共に FJR VTR

↑ツーリングクラブ ECHO


にほんブログ村 バイクブログ ツーリングへ


カレンダー

プルダウン 降順 昇順 年別

08月 | 2016年09月 | 10月
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -


検索フォーム

ツリーカテゴリー