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俺の親父。そして俺も親父に

  • 2009/06/30 18:41
  • Category: 日記
俺の親父

昭和元年(大正15年)12月生まれ84歳

84歳になる親父は前立線癌と診断され骨転移もしてステージD。
親父との思い出は何故か
昭和30年代当時の様子を鮮明に覚えてる・・・・・
自動車で良く連れられ出掛けたからだろう


マツダT600に乗る親父       幼少の俺と親父
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この歳になっても何故かあの頃の想い出は鮮明に残ってる
国道と言っても砂利道が多く、信号も殆ど無い 5年半違いの弟は、まだ生まれて無い頃。

後に弟が生まれ家の遥か田んぼの向こうの線路からは蒸気機関車が消え電化となり
歳を重ねる事に民家が増え、往来の電車も見えなくなった

自分が小学校に入学した頃からだろうか・・・・・親父は凄く恐怖に思える時期が有った
今は、何で叱られたか思い出せないが、決まって叱られる時は箒の柄で殴られた記憶だけが残ってる。それは、恐怖としか言いようが無く、親父に甘える事など考えた事も無くお袋だけが、ゆいつの甘え所だったかもしれない。

小学校から中学そして高校になると体も大きくなり次第にその暴力は無くなった
しかし、親父への気持ちは変わらぬものが有り、上手く立ち回る事を覚えてしまう

そんな親父であったが、高校進学は勿論、二輪車や自動車免許の取得年齢になると、進んで免許を取らせてくれた

今、自分は親父になり子供達には手を上げた事が無い
叱るより、悟らせる事が大事ではなかろうかと思う。
これは逆に言えば自分の親父が居たからこそ、その考えが出来たのか?

先日、息子がアルバイトを辞める事を、息子の言葉から聞いた
良く聞いてみるとそれは、自分で判断出来ず就職か進学かの迷いと周りの影響から思いたった事だった
息子『就職準備等有るから・・・・・』
当然、親父の考えは息子の学力から見て進学等は無駄と思ってる
むしろ、職人になったほうが良いと。。
一番大事な事は折角この不景気にアルバイトとして使ってくれる事に感謝しなければいけない。
親父『中途半端で辞めるな最後まで、卒業するまで頑張れそれが今、お前に与えられた責任だから・・・・』と世の中、学歴等で人生が決まる訳でないのだから。むしろ生きて行く以上人間性が問われる。まだまだ、人生の勉強中親父はそう思う。




84歳になる親父に弟は
『もう、よかんべ84歳だからなぁ・・・・・』と
親父は、少し笑いながら
『そうだなぁ・・・・・』と
今もって因業な所が有る親父に諭した言葉だろう。
しかし、言葉は少なくとも、兄弟の気持ちは同じだった
(苦しまずに迎が来て欲しい)ある意味残酷な考えだが本当に親を思う気持ちだろう

癌で苦しむより大往生して貰いたい本当の気持ちである


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1日1243.2km スズキRGV250Γ&BMW R1200RTの旅 (後編)

我々兄弟は『430mile京風たこ焼きツー』と称してる
片道北陸道経由で688km=430mileになるから

今回京都府八幡市にあるたこ焼き屋「いっちゃん」に到着した距離は692.5km 往復1243.2kmの旅になった

スズキRGV250ガンマ5回目の給油を名神高速多賀SAで済ませ、間もなく目的「いっちゃん」に到着する




いっちゃん揚げ (揚げたこやき)
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正午少し過ぎ到着「たこ焼き屋」さん 692.5km 
前回BMW R1200RT単独では7時間程 今回は1時間遅れの到着だった
給油回数の影響で1時間延びたと言える

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早速、オヤジさんに「たこ焼き」を注文 兄弟揃って12個のたこ焼き
食べるのが忙しく撮影忘れてしまいました
弟は12個注文し、追加6個・・・・・・・
なおかつ、二人で (揚げたこやき) 6個を分けて頂く (笑

北関東生まれ育ちの我々の味付けは濃いのですが、この「たこ焼き」はそのままでダシが効いて十分美味しく頂けます

オヤジさん御馳走様でした!


暫く、「たこ焼き屋」さんの裏に有る畑を眺めながら休ませて頂いてると・・・

はおはおさんが訪ねてくれました
『ぼちぼちいきまっしょい-第3車線爆走中w』←はおはおさんのブログ

楽しく世間話をしカキ氷を頂いたり時間はあっと言う間に過ぎてしまう


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正に
『1日往復1243.2kmの道のりを辿って(京風たこ焼き)を食べに行き人を訪ねる
距離を重ね遠方の人情を感じ、満足して帰る・・・・・ロマンとも言えるだろう 』

この通りです

『木工・たこ焼・たまぁ~に畑!!!+バイク』←たこ焼き屋さんの主人ロンゲのオヤジさんのブログ

去年11月に初めてお邪魔して以来3回目になりますが土日のお客様はバイクに乗った人達が沢山訪れ(ライダースたこ焼き)となってます
これから店の中に有る皆々様のアルバムが増えるのが楽しみ。

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今日も沢山のバイク乗りの人達が集まります。

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3時を過ぎ美味しい『たこ焼き』をお土産に東へ戻ります
帰りは中央高速経由

また来ます・・・・・もう京都付近は思い立ち直ぐに来てしまう距離になってしまった。



東に進路を取り京滋バイパスから名神へ
ガンマ6回目の給油 草津PAにて (3時54分頃)

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もうこの時点でガンマの燃費は考えずひたすらBMW R1200RTのペースで帰る
意外な事にガンマは風防効果が良く楽な高速移動が可能らしい
弟は前にハーレースポーツスターに乗ってた
弟曰く『スポーツスターの移動では、この速度で付いて行くのは大変だと・・・・』
そう、ハーレーはまた違った楽しみ方が有るのだ。



名神養老SA(4時50分頃)
再びガンマ7回目給油 この後中央高速経由になり給油地点を考え早めの給油

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草津SAにてガンマのチェーンを何気なく見る・・・・・
弛みが激しいと思いつつ200km以上中央高速恵那峡SAまで走る事になる



中央高速恵那峡SA ガンマ8回目給油 トラブル処置の為出発は(18時50分頃)になる

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気になってチェーンの状態を話し確認すると

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かなりの弛みである・・・・・・工具はBMW R1200RTに積んで有るがホイルを回す程のレンチは持ち合せて無い
SAのスタンドで工具を貸して貰うが・・・・ろくな工具が無くパイプレンチで作業をする。。

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調整しながら、前後ホイルの整列を見る
実際両サイドにメモリが刻んで有るが・・・弟曰く当てにならないらしい。ましてや超高速走行・・・・この辺の薀蓄は流石昔ロードレースの経験者である
センタースタンドが無いので親父がバイクに跨りハンドルを左右に合し弟が目視で前後の整列を見る

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この時点で何故チェーンが伸びたかまだ原因は解らない
高速用にスポロケのコマを2個ほど小さくしたからか等々・・・・・・

取りあえず張り直し出発

行きの北陸道とは道路の様子も変わり起伏やカーブの多い中央高速
そんな中・・・・またもやBMWの乗用車が煽ってくる・・・・・・

親父兄弟は意外と幼い・・・・・・
お互い負けじと120~150km/hでR500のコーナーを駆け抜け加速で車を突き放す
(子供達には決して言えません・・・・安全にバイクに乗れと言ってる手前。。。。)
15分位だろうか・・・車は諦めてしまいました

流石ガンマはコーナーの性能抜群だ
しかしR1200RTも意外・・・・負けない
R1200RTの宣伝文句にも有るが
『目的のツアラーと同時にその途中にあるワイディングも楽しめてしまう、そう言うスポーツ性も兼ね備えてる。スポーティには見えないが非常に快適に結構なアベレージでワイディングを楽しむ事が出来る。そのスポーツ性と言うのは通常考えられるレベルより遥かに高いレベルで纏められてる・・・・・』
確かに納得してしまう
以前FJR1300Aでそのコーナーを同じ速度で抜ける場合不安が伴うがR1200RTからそれは無い。

まぁ・・ガンマはその上を行くかも知れない。。しかし長距離は大変 (笑



中央高速から長野自動車道へ 梓川SA (20時50分頃出発)ここでもまだトラブルが治らない・・・またチェーンが緩む
ガンマガンマ9回目給油

ここのスタンドにはしっかりした工具が有った
何故緩むか検討が付かない・・・再び前回と同じ作業をする
しかし、前回調整したチェーンテンショナーの位置がずれてる・・・・おそらく、調整した後チェーンテンショナーを戻す事に原因が有ったかも知れないと弟は判断する
絶版になったガンマのユーザーズマニュアルには書いて無い所だそうだ

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長い日が暮れあたりは暗くなる
BMWも此処で10リットルの給油 これから長野自動車道を抜け上信越自動車道と関越自動車道
北関東自動車道で帰路に着く

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取りあえず原因は把握して次なるSAまで



上信越自動車道 横川SA(22時50分頃出発)
ガンマ最後の10回給油

二輪駐車場に二台のバイクR1150RT&隼が彼等のナンバーは東京で1日で高速をどの位走れるか実験してたらしい走行距離は1300km位だとか・・・・・
我々の珍道中(ガンマ&R1200RT)に興味が有ったのか話をする
250ccのガンマで京都往復にはビックリしてたようだった
ましてや18年前の絶版車。。

此処まで来るともう直ぐ自宅 チェーンの緩みも無いようで
ゆっくり休んで行こう 暗くなるとガンマのライトは心細い常に先頭を行くR1200RTに付いて来る
R1200RTの光量は有難い程明るい R1200RTの通常速度で帰路に着く

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上信越⇒関越⇒北関東で無事実弟宅(実家)に到着。(23時40分)
たこ焼きのお土産を嬉しそうに持つ甥
この甥もいずれバイクに乗る時が来る
『俺も免許取ったら250TRでキャンプしながら行くかなぁ~~・・・・』と
まぁ親父達見たいに無茶しないでバイクを楽しんでくれ (笑

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スズキRGV250Γは凡そ1200kmの旅を走り切った
250cc最速と言えるバイクだろう。燃費を気にしなければ、ツアラーの王者R1200RTについて行ける
ましてや、バイク好きならばこの強行軍もやってのけてしまう

その目的地に到達する方法は色々有る。ゆっくり一般道を走り目的達成もその一つだろう

そして我々関東人の京都地方は憧れであり、修学旅行などで訪ねた土地である
また『430mile京風たこ焼きツー』をして見たい

今度は、カワサキ250TR&ヤマハSR400&VTR250の一泊でゆっくり京都観光をバイクで・・・・
そんな話が持ちあがった


VTR250に乗る息子はR1200RTと京都を一泊で行きたいな~と呟いた。



スズキRGV250Γ
使用燃料104ℓ
平均燃費11.8km/L

BMW R1200RT
使用燃料60ℓ
平均燃費20.8km/L


走行距離1243.2km 燃費20.8km/L
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平均速度101.1km/h
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去年11月に納車になったBMW R1200RTは10687kmに距離を重ね5ヶ月程早い1年点検となる

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1日1243.2km スズキRGV250Γ&BMW R1200RTの旅 (前編)

我々兄弟は『430mile京風たこ焼きツー』と称してる
片道北陸道経由で688km=430mileになるから

今回京都府八幡市にあるたこ焼き屋「いっちゃんに到着した距離は692.5km 往復1243.2kmの旅になった

1日往復1243.2kmの道のりを辿って(京風たこ焼き)を食べに行き人を訪ねる
距離を重ね遠方の人情を感じ、満足して帰る・・・・・ロマンとも言えるだろう 

今回、また一つ新たなロマンが加わった長距離ツーリングそれは、今では世界的な環境規制により生産中止となった2サイクル レーサーレプリカエンジン
スズキ2サイクルエンジン名門の意地をかけた最後の2サイクルエンジンを積むスズキRGV250Γで18年前の絶版車両、そして最新ツアラーBMW R1200RTのコンビである

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6月27日夜明け前自宅を出発、実弟の待つ実家へ
自宅から実家の距離14.2km 時刻午前3時45分 弟の荷物をBMW R1200RTのパニアに詰め込み
2stオイルも持っていく 出発を待つガンマ。
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1回目ガンマ給油地点 上信越自動車道東部湯の丸SA(4時50分頃)
停車直後ガンマのマフラーから2stオイルの排煙が・・・・マフラーは乾き良い状態と言える


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ガンマ走行距離114km 給油11.34L
この時点で10km/Lの成績・・・先が危ぶまれる
起伏の多い山間部でアップダウンが多いのも影響されるだろう R1200RTがペースメーカで此処までの平均速度は120km/hを少し上回り128km/hくらいだったろうか(R1200RTはクルーズコントロールを使用してる)

ガンマの燃料タンク容量は16リットル 燃費は10~15kmと予想してる

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次の給油地点まで巡航120kmに抑え走る
山間部を抜け平坦な道を走る・・・120km巡航でも飽きてしまう (笑

ここで親父はポケットからカメラを取り出し撮影する
120km/hの巡航の様子・・・速度計は140kmで回転数は4000rpm
この速度でグローブの上からカメラ操作が出来るRT・・・・・
安全の為カメラマウントが欲しい所。

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カメラを持ち出す動作が後方から追う弟に解ったらしくR1200RTを抜き前に出る

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ガンマ2回目給油 一回目給油から127km地点上信越自動車道から北陸自動車道に入り
名立谷浜SA (午前6時14分頃)

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燃費はこの区間で12.4km平坦な道と120km巡航で2割ほど燃費が伸びた

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名立谷浜SAでR1200RTは走行距離 251.6km 表示はまだ244km走行可能

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ガンマ3回目給油 北陸自動車道小矢部川SA(7時56分頃)

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R1200RTも初めての給油
19km/L

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ガンマ
14.7km/L

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この時点で抑えて運転してもガンマは15km/L以上の燃費は叩きだせない
正直、120km/h走行では辛いものが有る・・・眠い(笑

弟『100km於きの給油は決まってるもっとペースを上げよう・・・・』と
この後は巡航120~140kmとなりました・・・・・・・・

しかし、250ccでありながらこの走行能力は極めて高い



4回目給油 北陸南条SA(9時50分頃)

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走行距離 500kmを超えそろそろ目的地

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R1200RTの通常巡航走行にガンマは付いて来る
途中心配で後方確認をミラーでするが問題は無い
むしろ、外車普通自動車(BMWやアルファロメオ)が煽るとガンマのフル加速を見せつける始末だ。。。
ガンマは足回りも非常に良く剛性が高い北陸南条SAで、たまたま隣に駐車した隼のフロントフォーク周りとブレーキを比較して見ると・・・・・・

変わらない

同じ倒立サスで太さも同じでブレーキディスクの大きさまで同じ
160km/h以上でR500や400カーブを抜けるガンマに納得が行く
しかし、200km/h以上は限界となるガンマ・・まぁこれは排気量の差で当然の事
それにしても200km/hまでのピーキーな加速は250ccとは思えない



5回目の給油 名神多賀SAにて(10時50分頃)

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多賀SAに来るまで、偶然軽自動車に大事に積まれ搬送されてるアプリリアRS250を発見
群馬ナンバーで疾走するガンマに運転者は共感を持ったように思えた
ほんの何秒かのすり抜け速度の中、軽の運転者はガンマを見守ってたのである
(アプリリアRS250はガンマと同じエンジン)





そして間もなく目的地京都府八幡市にあるたこ焼き屋「いっちゃんに到着する



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無事帰着

京都より無事帰着しました R1200RT 走行距離1243.2km 平均時速101.1km/h

ガンマ燃料補給の回数10回・・・・・・・そして少しのトラブル
帰宅が次ぐ日になってしまいました(0時22分)

そして今日また息子とツーリングです・・・・・・・寝ます
コメントの返信やレポは少しお待ちください(6月28日 午前1時6分)

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追記

只今、12時33分
結局のところ起きられませんでした  (笑

息子も今日は雨模様の事で断念

明日に向かって スズキRGV250Γ

明日いよいよ決行
このオートバイ スズキRGV250Γは世界で最後に生産された250cc2ストロークレプリカエンジン

BMW R1200RTは長距離ツアラーの王者とも言える
1日往復1200kmの旅に、消えようとする2ストロークエンジンと共に明日旅立つ
2ストローク250ccと言えども立派に走り切る事だろう

ガンマの燃費とタンク容量により、当然給油回数も増える
いつもより幾分早めの早朝出発AM3時30分

行って参ります!


『430mile京風たこ焼きツー』決行!!!(スズキRGVΓ250&BMW R1200RT)

梅雨時であるが、今週末はどうやら晴れるだろう

因って6月27日決行!

一日の移動距離、往復約1237.1km(行き北陸自動車道経由 帰路中央自動車経由)予定
京都府八幡市にあるたこ焼き屋「いっちゃんに行く

スズキRGVΓ250&BMW R1200RTの珍道中。

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弟は、幼き頃から兄貴(俺)影響を受けバイク乗り
若かりし頃はバイクのレース活動に励む 最近までスポーツスターに乗ってたが・・・・・

昔の2st時代を懐かしむ如く今は2stスズキガンマの虜になる

バイクガレージの中にはレストアしたガンマが二台と嫁(妹)のヤマハフェザー600、後に甥が乗るであろうカワサキ250TR・・・そしてガンマ予備エンジン4基等々が有る

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左からレストア1号機、右がレストア2号機
今回京都まで一緒に行くガンマは1号機スポロケが2丁高速寄りで、500rpmの違いが有るそうだ
そして、シフト変速は1UP5down
DSC01386s_R (2)DSC01386s_R (1)

日本メーカーが2ストロークレプリカバイクの生産を終了してからも、アプリリアはRS250を生産しつづけていたが、環境規制とSUZUKIからのエンジンのデリバリーが終了したことにより2003年に生産終了となり、このオートバイが世界で最後に生産された250cc2ストロークレプリカバイクとなってしまった

アプリリアRS250はスズキ・RGV-ΓをベースとするV型2気筒の250ccエンジンを搭載し、最高馬力は85psの発生も可能とされていた。ガンマのエンジンタイプは、VJ22A型式のヨーロッパ仕様が元になっており、RS250発売開始当初はベースの62psのガンマより8psアップした70psの出力がある事になっていた。チャンバーの位置はVJ22A型ガンマとほぼ同じ位置

そんなエンジンを積んだガンマが、BMW R1200RTと共に京都往復の旅へ

ガンマの燃費は予想するに凡そ10~15km 2stオイルの消費も考慮しオイルも持参
フルカウルで風防効果は良いと思うが、このライディングポジションの長距離は難点が伴うだろう
燃料給油回数も当然多くなり途中ライダーの交代も考えられる

航続距離の長いツアラーR1200RTとは正に対照的
ライディング姿勢も全く違う

有る意味面白いツーリングになるだろう(笑



『430mile京風たこ焼きツー』準備の為ガンマにETCを取付る

親父はスーパーシェルパで一旦帰宅し、既にETC装備車(自主運用車)のVTR250を取りに行きガンマに付け変える

過去ログより
ETC自主運用http://kasehikaru.blog121.fc2.com/blog-entry-193.html 2008/09/27 
ETC自主運用 再確認http://kasehikaru.blog121.fc2.com/?q=etc&page=2 2008/10/01

ETC装着車のVTR250から
ガンマにETC移植をしよう

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VTR250のタンクバックからタッパに入ったETCを外す
タンクバックには無線機だけが残る

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ガンマのバッテリーから直接電源を取ってETC側にギボシ処理をする
応急処置の為電源のON/OFFはギボシで手動

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ガンマに移植されるETC

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ガンマの小さめなタンクバックにタッパ防水耐震仕様で収まったETC

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準備万端これで往復高速料金は2000円で済む

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現代の250ccバイクと18年前の250cc
ショックの硬さはガンマが硬い・・・・レーサーレプリカですからね

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今日はVTR250で帰宅しよう
実弟から電話が入り北関東自動車道を1区間走ったそうで
ETC実験は成功の模様

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『430mile京風たこ焼きツー』珍道中

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京都府八幡市にあるたこ焼き屋「いっちゃん

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明日出来る事は明日する そして行きたい時に行ってしまえ南会津ツーリング(FJR1300&R1200RT)

昨日からの雨は上がり久々に雲の合い間から青空が見える

今日もいつも通り会社に出勤。

昨日の激しい雨の為今日は珍しく車 息子も調子が良くこんな時は親父の車に合い乗りし駅まで行く

会社で仕事仲間を待つ・・・・・・いつもキッチリ時間に来るT氏が中々来ない。。
待つ事数十分。いつもの仕事車のエンジン音で無く

FJR1300の音

T氏『良い天気になりそうですぜ・・・今日の仕事はツーリングにしましょう』この言葉は真実か否かは読者の皆様のご想像にお任せします・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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困った親父は
『バイクなんて置いて来い仕事だぞ!!』とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・言いません(汗

早速、親父達は裏工作に取りかかる。
出社時間が少し遅れる事務員さんに電話で『急遽1日出張なので出かける留守番頼む』と

まぁ、ツーリングの事は後からバレてしまいますがねぇ。。。。


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出発は午前10時 BMW R1200RT&FJR1300Aのツーリング開始

帰宅し着替えバイクも変え、近所で燃料補給

出張行くべぇ!!(謎

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出張先?は以下

自宅⇒田んぼ道⇒国道50号⇒国道122号⇒草木ダム休憩⇒日足トンネル⇒国道120号⇒県道247号⇒県道169(青柳日光線)⇒霧降高原⇒県道23号線(川俣温泉川治線)⇒
日陰温泉付近『そば処まごころ』昼飯⇒国道121号(会津西街道)⇒国道121号線(日光街道)⇒
国道289号線⇒道の駅下郷⇒甲子トンネル⇒東北自動車道白川IC⇒佐野藤岡IC⇒国道50号⇒
会社


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草木ダムにて休憩
完全に晴れ!梅雨の晴れ間を狙ってか何台かのバイクを見ました
それでも少なめのバイクです
ハーレーに乗ってる60代のおじさんと、しばしバイク談義

この後霧降高原まで向かう 真夏日です(嬉

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霧降高原頂上付近
天気は良く貸切状態のワイディング!!

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雲が低く見える
時より熱い日差しが・・・・

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霧降高原のFJR1300A&R1200RT

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高原牧場を走り抜け県道23号線(川俣温泉川治線)⇒ 日陰温泉付近『そば処まごころ』昼飯

ここの天然水で作ったの蕎麦は美味しいく山菜シーズンの天ぷらは絶品です
民宿も兼ねており風呂は日陰温泉

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おさぼり2人組・・・・・・・・・・
店の主人が撮影してくれました

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突き出しの天然ふき

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食べてしまい途中の画像

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蕎麦が美味しい(二人前追加しました)

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薬草が有りました名前は・・・・忘れた(タラの芽、舞茸、薩摩芋、?)
山菜シーズンはとても美味しい物が食べられる

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此処から国道121号(会津西街道)目指し⇒国道121号線(日光街道)⇒ 国道289号線⇒
道の駅下郷


道の駅下郷で休憩

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甲子トンネル

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この後、東北自動車道白川ICへ

上河内SAにて積乱雲らしき雲が・・・早く帰ろう

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帰社の国道50号は退社の帰宅車で混んでます
最近の不景気により残業も無く早い時間に渋滞する
早く景気が回復される事を祈るのみ。

不景気に翻弄され・・・ついついツーリングに出掛けてしまう脳天気な親父である

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帰社午後6時45分 走行距離341km

景気を反映してか、心なしか淋しい夕暮れ


雨天の休日(バイク恋しく雑感)

  • 2009/06/22 20:32
  • Category: 日記
朝から完璧な雨模様
バイクはきっぱり諦め家族サービス・・・まぁ大したサービスじゃあ有りませんが

今、流行りの温泉やら娯楽施設が整った所 娘達と女房は、温泉の後にカラオケ 息子は温泉の後ゲームセンターでイニシャルD。親父は温泉&映画でも見ようかと思いきや・・・・・飲んだり風呂に浸かったりの半日だった

其々にやりたい事が出来る場所って良いですね

出掛ける事が決まり嬉しがる娘達(こんな時で無い限り写真はNGです・・・・)

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夕方には雨も上がり帰宅し夕刻でも、まだ日が長いバイク洗車を始め、そんなゆっくりした一日だった



梅雨時期は続きそうで今週末はどうだろうか?
今週末か来週末にはR1200RTとスズキガンマ250珍道中 『430mile京風たこ焼きツー』で 
京都府八幡市にあるたこ焼き屋「いっちゃん」に訪ねてみたい・・・・・・・
もしかすると・・ヤマハフェザー600も参戦?(実弟の嫁)3台珍道中の可能性も有る(笑

一日で往復733mile(1237km)を走り たこ焼き を食べて帰ろう企画。



実弟と『430mile京風たこ焼きツー』の話の中でスズキガンマ250の燃費の事が出たので少し
最近、身近に有るバイクの燃費を

今は友人が乗るブログのタイトルFJR1300A(06)
16.5~20km/L
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BMW R1200RT
19~20.5km/L(高速でも一般でも然程燃費が変わらない航続距離は500km走れるかも)
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ホンダVTR250(07最終キャブ)
27~31km/L(250ccバイクで早く乗りやすく燃費も良い)
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スーパーシェルパ
通勤27km/L前後 長距離(林道や高速)を含む30~33km/L
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スズキRGVガンマ250
10~15km/L(今度予定してる高速走行『430mile京風たこ焼きツー』で如何なる結果となるか?)
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ヤマハスポーツ90HS1(1969年)
18~28km/L(クラッチも調子良くなり今後に期待)
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やはり2サイクルは燃費が悪い
しかし、あのピーキーな加速は4サイクルでは味わえない特性を持ってる
ガンマに関して250ccでありながら200km/hまでの加速は信じられない程・・・・

長距離ツアラーの比較は出力に於いてはFJRに軍配が上がる
しかし、長距離になればR1200RTに軍配が上がるだろう
アンチBMWだった親父はR1200RTに乗り考えが一変した
それ程に乗りやすいバイクだったR1200RT

R1200RT&RGVガンマ250珍道中『430mile京風たこ焼きツー』が楽しみである。





梅雨空を避け榛名へ

6月20日(土)午前8時に出社する。 今日の予定は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ツーリングです

ちょっとした用事が有り、ほんの1時間の出社でトンボ帰り

息子は高速を使い遠回り(碓井軽井沢IC)まで行って榛名湖に向かいたいとの事 HS1(90cc)は高速道路は無理なのでスーパーシェルパで帰宅する

帰り道の田植え風景   お仕事してます皆さん・・・・・親父は・・・

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帰宅し此処でまた親父の気が変わり・・当初シェルパで行くつもりだったが、碓井軽井沢ICまで高速を使う息子の魂胆・・・・・・・・・・・・
高速道路ではスーパーシェルパはVTR250に付いて行けません一般道なら互角ですがねぇ。
3度目の正直でBMW R1200RTに決定。。(汗

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出発は遅い午前10時30分頃 空模様が幾分気にかかるが出発

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北関東自動車道太田薮塚ICから関越⇒上信越⇒碓井軽井沢ICまで
今回は息子の企画なので後を追う まぁ、いつも一緒の時は後ろから見守る形で走りますが
高速道路に入り空いてると巡航120km/hで走る・・・追い越しに入ると140km/h。
少し出し過ぎのような・・・・・・・


VTR250のノーマルは確かに巡航100km/hを超えると風圧と車体の軽さでかなり辛い
しかしアッパーカウルモトコオリジナルMF-Ⅱを装着し親父も高速道路に乗って驚いた
腰上からの風防効果は大型のアッパーカウルの効果が有りカウル付きのツアラーと引けを取らない(120km/h走行時FJR1300との比較)ましてや高速走行が安定する。

比較して見ると明らかにカウルの大きさが解る
初めてのバイクツーリングDSC02526_R.jpg

カウルが無い時は高速道路でもなんとかスーパーシェルパで付いて行けた
今じゃ到底無理だろう

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高速を暫く走り息子から無線が入る
息子『親父この先で降りるぞ』・・・・まったく・・一人前らしく
親父『解ってらぁ・・・』(笑)

碓井軽井沢ICにて この後軽井沢駅方面へ

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軽井沢コンビニ付近でお昼を買う 無精髭が目立つ親父・・・・

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予定は国道18号⇒国道146号へそしてK54を目指す
ところが、K54は災害の為通行止 引き返し146号で北からK28で榛名湖へ

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途中休憩国道146号線

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県道28号線は面白いワイディング・・・まだまだ息子には負けられんと先頭になり距離を離す
う~ん幼い親父だな・・・・・・・・・

榛名湖に無事到着

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お土産屋さん面白い物が・・・・
息子がよく言ってる(イニシャルD)この漫画の影響で此処榛名湖に来たかったらしい

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湖畔にて 雲り空で残念。

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さあ、目的は果した赤城山麓を通って帰ろう

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地元ツーリングは早く終わった 帰宅は五時前だろうか
走行距離250km

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今日は、また雨になるのか・・・・

来週ははたして、京都たこ焼きツーに行けるか?








久しく息子とツーリング決定

結局前日に予定は決まらず今日も。午前9時半
いつも通り出勤し野暮用を済ませ、いざ、出発。
行先は榛名山・・・・息子はVTR250。親父は何で行こうか思案中・・・シェルパ、HS1、R1200RT。。

帰ったらUPします

そわそわ親父

気持ちの幼い親父は梅雨の晴れ間に、そわそわと
今日は仕事を早く切り上げバイクに乗ろうR1200RTで長距離を乗ろうか・・・・
それとも、スーパーシェルパで山に行こうか・・・HS1で2stオイルの焼ける匂いを嗅ぎながら近所ツーをしようか・・・と思ってたが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
仕事が終わった時間は午後6時(涙  晴れた天気と裏腹に憎き天気だった



そうだ、ツーリング行けるぜ!帰宅寄り道ツーリングして帰ろう・・・・(汗

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明日は休むぞ!!天気はまだ持ちそうだ(関東地方はまた日曜は雨)

明日に期待する親父は・・・・また、そわそわ

久しく息子と行くか? シェルパで山? HS1でツーリング?選択肢は沢山有ります(笑)  


 

混沌とした権力を梅雨に思う

  • 2009/06/18 20:51
  • Category: 日記
梅雨と言っても例年に比べ降水量は少ないそうだ
関東地方の週末はどうやら晴れとは行かないが雨は無さそう

長距離ツーリングはまだまだお預けだろう・・・・・

世間の景気もまだ良き方向に向かわず景気も梅雨空模様。。

そして今日は、足利方面の客先へ出向く



今、足利事件の冤罪が盛んに報道されてる
街中を車で走り、その事を考えると、なんとも言い表せない混沌とした気持ちになる

報道を見たり聞いたりすると、この冤罪はDNA精度でなく警察や裁判所の体質でが招いた結果なのか
DNA鑑定の第一人者とされる石山いくお氏のコメントが掲載されている。石山氏は、当時「科学警察研究所の技官は素人集団のようなもので、何回もやり直しをしなければならないような技術しか持っていなかった」と指摘する。石山氏は当時から、「あと10年もすればDNA再鑑定の要請が山ほど起きるだろう」と言っていたそうである
技術的に、当時の科警研では精度の高い鑑定を行える状況が存在しなかったことが示唆されている
「科警研はDNA鑑定のための予算を取ってしまったから是が非でも成果を出さねばならぬ状況があり」、「無理な鑑定」を行なってしまった可能性が指摘され、今回の冤罪発生原因について、技術的に十分に確立されていない「DNA鑑定」を利用して、間違った結論を出してしまい、その「間違った鑑定結果」に基づいて菅谷さんを誤認逮捕し、その誤認が新しいDNA鑑定技術によって明らかになった、というものだろうか? 警察・検察の責任は極めて重大である。

検察・司法関係者は「自白した」ことを、逮捕、起訴、有罪確定の有力な根拠とするが、冤罪であるにもかかわらず、「自白」が存在したことが重大なのだ。無実の人間が好き好んで「自白」することはあり得ない。「自白」が本人に決定的なマイナスになることを知りながら、「自白」すろところまで、強大な力が加えられたことが推察されるのだ。このことが無理な「自白の強要」の存在を証明する何よりの証拠になる。

今回の足利事件では1997年の段階で、弁護側は最新技術を用いたDNA再鑑定を求めている。この段階で最新技術を用いた再鑑定が実施されていれば、菅谷さんの被害を、いまよりははるかに軽微に食い止めることができたはずだ。
また、殺人事件の時効まで8年程度の時間が残り、真犯人発見も可能になったかも知れない。


「10人の罪人を逃しても、1人の無辜を処罰することなかれ」


日本では、警察や検察はもとより裁判官や多くの法学者が、このことわざを本当に重要なものと考えているとは思えない。
ある裁判官は、無罪判決を出す時に「犯罪者を取り逃がすことになったら」と心配するだろう。

「野放しの犯罪者が犯罪を繰り返したらどうする」と詰め寄られた時に、「それでも無実の者が処罰されるよりましだ」と言い切る者が居るだろうか?

それどころか、日本の現状は、『処罰された者が無辜ではあってはならない』とこのことわざを転倒させ、再審の門を固く閉ざして誤判の訂正と無辜の救済を拒否している。

国家権力の規制を目的とする憲法の下に刑訴法が存在する以上、その目的は「犯罪者」をいかに効率良く処罰するかではなく、十分な証拠もなしに片端から犯人扱いしかねない国家に、でたらめな処罰させないということでなければならない。

だから、検挙率や有罪率の高さは日本の刑事手続きの欠陥を示している?

しかし、日本の刑事手続きの関係者は、そうは考えず、より効果的な捜査のためと称して、警察の拷問的取り調べや職務質問の強制、盗聴など違法な捜査手法を次々に合法化し、防御権を踏みにじるのか?

その彼らに、このことわざを語る資格が無い



主(あるじ)を渡り40年

1966年発売の「AT90」
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「AT-90」から始まった90ccツインシリーズにスポーツ車として1969年「HS-1」が追加された
後に最終型HX90へと1974年にヤマハはラインナップの整理を図りRD90のシングルとなる
「HS-1」発売から6年後16歳になった親父は中古のヤマハRX350に初めて乗った



程度の良いHS-1だが、流石40年の歴史を生きたバイク レストアの形跡も見られ、親父の所でもほんの少しであるが、手直しが始まる。
運良く走行距離の少ない予備エンジンも手に入り長い付き合いになりそうだ

大事にされ、幾人かの手に渡り?40年の月日を過ごしたHS-1だろう

HS-1にはこんな票が貼ってある
原付車籍標 愛知県の物だ
気になり愛知県に問合わせると、もうその管理は数十年前に辞めてる
最初のオーナーが登録したのだろうか? この原付車籍標はこのままにしようHS-1の足跡だから。

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愛情を注がれたバイクに違い無いだろう、様々な理由で愛知から遠く群馬まで時間をかけてやってきたHS-1 そんな想いを考えると愛着が湧いて来る

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16歳の子を持つバイク乗りの親としての責任

私立高校に通う息子は18歳に、16歳で普通自動二輪の免許を取得させ学校側と様々な事が有った。
今、息子の通う学校側は黙認する形で息子はバイクに乗る日々である

この地方、県教育委員会は『3ない運動』推進。
-二輪車の免許を取らない-
-二輪車に乗らない-
-二輪車を買わない-

上記が三ない運動

視点を変え学校側から、その三ない運動について考えて見る。

三ない運動とは
1982年の全国高校PTA連合会仙台大会で「『免許を取らない』『乗らない』『買わない』の趣旨の徹底」が決議されて以降、全国規模で展開された推進運動。
バイク事故多発により、保護者側から、学校でバイクを禁止してほしいという要望があり運動が始まった

実際、三ない運動の可否は難しく、妥協か努力かの選択肢になってしまう
学校側と保護者が努力し徹底した交通安全教育が出来れば『三ない運動』は必要ないだろう
しかし今現在、学歴社会に於ける学校教育が 『交通安全教育』のカテゴリーを加えるには相当の教育改革が必要。親は『三ない運動』を妥協するしか無いだろう
(数少ないが交通安全教育カテゴリーを取り入れてる学校も有る)

そして最も重要な事は、生徒が在学中に事故に遭わない事が大前提。
もし、学校側がバイクを容認し事故でも起こったならば責任の糸口が学校になってしまう現代保護者事情にも有る(保護者が学校に責任を転嫁する等)

学校は『三ない運動』を推進する事で多くのリスクを避ける事が出来る

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親父の理論

「社会あるところ法あり」という法諺があり、とりわけ、その社会が特定の目的を持つ団体である場合、その内部で特別なルールが規定されることは社会経験上当然そのため、各学校はその目的を達成するため必要な事項を定めて、学生を規律することができる。したがって、高校が校則を制定することは許されるが

校則による私生活規律の可否については問題がある

家庭生活の領域は親の教育権の範囲内にあるため、本来は学校の教育権が及ばない


何故、今だにこの古い理不尽な『三ない運動』が改められないのか?
それは私生活指導までを期待する親が増えてる為の産物に過ぎない事等々・・・・学校の苦悩も解らない訳でもない
(学校側は生徒の命を守り大勢の生徒を指導しなければならない為、全国PTA連合の議決『三ない運動』は極めて都合の良い運動である)


しかし、親(保護者)の明確な責任があればバイクは乗せられる  その責任や義務を果たせない親が多いから三ない運動は有る
与えないではなく、教えるということが教育ではなかろうか。


嘘も育て、閉ざされて行った眼『三ない運動』

三ない運動は大半の県で今も行われているが、運動に入った時点で、実はバイク以外のものも、取り上げたり捨ててしまったとも思える
この時捨てられたのは、生徒達に向けるべき、教育や愛情の一部 例えば三ないと言いながら免許取得者も居る こうした公然の事実から目を逸らさない、人間としての勇気や行動等である
運動は誠実さを教師と学校と家庭から取り上げてしまった
奇妙な事だが、生徒とバイクに関する現実を見ない眼は、人間としての生徒の生活部分を見る眼とも関わって来る・・・そして罰則中心へと

三ない運動は教育だろうか?
禁止する事からは何も生まれず、矛盾を生み育ててしまう
取り組む事を忘れてしまう『三ない運動』。


三ない運動の拘束力

今年入学の娘の県立高校は勿論『三ない運動』がある
親父の甥(娘からすると従兄)も今年中学を卒業し群馬高専へ入学(国立5年制)

この時点で一つの矛盾が浮かび上がる
群馬高専は免許取得に関し一切関与はしない自己責任で判断させ、2学年からは125cc以下のバイクなら校内まで乗り入れOKである
大きな要因は県教育委員会の範疇外なのである

本来、義務教育中学を卒業すれば社会人ともなる年齢であり、ある程度は自分の責任に於いて行動しなければならない
ある意味『三ない運動』とは自己啓発も疎外するものでもあり
車社会に於いて交通安全とは自己の責任をもって成るもので交通安全教育は実践で学ぶ事に勝るものは無い
(過去ログより)
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息子はバイクに乗り始め、今だに事故を起こした事が無い(運が良いとも言えるだろうが・・・)
運転を見れば親父より慎重な所があり、モラルある運転をしてる



16歳の子を持つバイク乗りの親としての責任

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今年、娘(長女)は16歳の高校生
親父はバイク乗りで有るが故、学校側の『三ない運動』に対し有る種、危惧の念を抱く
『親父や兄がバイクに乗る』その行動が『三ない運動』により悪いものと洗脳される事。

強いて望むなら、娘に学校側の立場を理解し、自分の意志を毅然と持つ事を娘に臨み、そしてバイクに乗る乗らないは娘自身が自らの自分の意志で有る事を。

娘の入学にあたり、法務局確定日付の意見書を送り親の教育権を主張し、『三ない運動』が正当だと教え込む教育や洗脳に対処したい

『三ない運動』に眼を逸らす事無く信念を教え毅然と親の責任を果たす考えである

子供達の成長

  • 2009/06/15 19:30
  • Category: 日記
毎日一緒に暮らし、ふと子供達を改めて見ると成長してる
一緒に居るとその成長の様子は鈍感になってしまうものだ

その分、親父も歳を重ねて行ってるのかぁ~と、しみじみ思う。。

2年前の子供達の写真を比べると明らかに違いがある。
息子は親父と共通の趣味(バイク)が有りお陰で今尚一緒に行動する事が多い
しかし、娘達に至っては異性で有るためだろうか?歳頃毎に遠ざかる気がしてならない

1年半程前の長男、次女と親父
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2年前の長女と親父
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最近の息子
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残念ながら最近の娘達の写真は無い
撮らせて貰えないのだ・・・・(涙

最近ではタンデムもめっきり減った
そして長女は今年、普通二輪の免許が取得できる歳になり
はたしてバイクに乗りたいと言うのか・・・・・・様子を見よう。

しかし、まぁ・・・一緒に外食となると態度は一変する彼女達
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そうだ!!食い物を餌に娘達を誘ってみよう・・・・・・・・・・・・

そんな事を思う親父は心なしか少し淋しい。。。。


430mile京風たこ焼き 第3段計画?

空模様がはっきりしない本日、ツーリングも中止となり久しぶりに自宅でゴロゴロしてた親父。
スーパーシェルパで近所の山にでもふらっと行こうとしたが・・・・重い腰が上がらず

午後3時過ぎ実弟が、スズキガンマ250(レストア2号機)で自宅にやって来る

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2stオイルの焼ける匂いと日差しに魅せられ←先日ブログにてガンマ好きの様子を紹介した記事

先日、霧降高原へHS1で行きクラッチの状態は良くなったと確信したが、昨日の通勤時またクラッチが滑る感覚が(原因はクラッチワイヤーが少し長めの物でそれが伸びきったからだろう)
運良くHS1純正クラッチワイヤーが一本あるので交換しようと一緒にシェルパとガンマで事務所に向かいHS1のクラッチワイヤーを取り換える事に
クラッチと反対側のクランクケースカバーを外しクラッチを押す部分を確認する
調整して一杯に10mm位突き出たボルト・・・これではクラッチが滑るもうなずける
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予備エンジンの状態を確認するとこの半分以下だった
そのまま、予備エンジンのカバーと新しいワイヤーに交換すると、今まで以上に調整しろがでてかなり良い状態。
早く乗りたさあまりに大事な所を怠ってしまったのだ(汗
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取りあえず交換も終わり、話をする中で
弟『あの京都のたこ焼き美味そうだなぁ~~・・・・』等と
そんな話の始まりから近々行く事に・・・・(笑

何で行くかと・・・・・弟はスズキガンマ250(レストア1号機)俺は勿論BMW R1200RT
このガンマ巡航120km/hは楽に出来るそうだ・・・まあ燃費はR1200RTより当然悪い
それでも15km/L位は走るだろうと予測する
高速用にスポロケを変えた(レストア1号機)これで片道行き430mile(688km)走ろうとする魂胆。

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ETCは息子のを借りタンクバック方式で、ETC使用で高速料金は往復2000円で済む

予定は行き北陸方面、帰り中央で
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新たな記録更新となるだろう
最小排気量最大移動距離記録更新

京都府八幡市にあるたこ焼き屋「いっちゃん」

↑クリックするとHP飛びます

ロンゲのオヤジさん、また近々襲撃しますぜ~~

2サイクル2気筒90ccで霧降高原へ(頑張ったHS1) 

昨日は晴れツーリングには最高だった

今日は薄曇り・・・明日は 群馬「空っ風街道?望郷ライン」ツーリング晴れるだろうか?少し怪しい感じだ。久々に息子と出掛けようと思う
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昨日、天気と2stの匂いに魅せられ霧降高原まで出掛けた。平日とあって残務やらで結局出掛けた時間は午後1時

時間のわりには充実したツーリングが出来、排気量が小さいとまた変わった景色が見られ発見もある・・・・HS1の場合(トコトコ)と言う表現では無いが・・・ビィーンンンだろうか(笑。信号待等であの2stオイルの焼ける匂い 久々にあの匂いが寝るまで浸付きなんとも言えぬ懐かしい若き頃を彷彿するツーリングとなった


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会社⇒田んぼ道⇒国道50号⇒国道122号⇒草木ダム⇒県道343号⇒国道122号⇒細尾峠×(落石や道荒により通行止め)⇒日足トンネル⇒国道120号⇒県道247号⇒県道169(青柳日光線)⇒霧降高原⇒大笹牧場   ⇒県道169(青柳日光線)⇒県道247号⇒日光東照宮参道前⇒国道120号⇒国道122号⇒日足トンネル⇒国道50号⇒田んぼ道(ガス欠)⇒自宅
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草木ダムにて
此処まで、122号は上り坂4速と5速を使い分けフルスロット
90ccだからねぇ・・・それでも車の流れには何とか付いていける範囲

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車の流れには付いて行けるとは言ってもフルスロットは精神的にきついので草木ダムを渡り県道343号に入る。車の往来も極端に少なくなりHS1マイペース

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草木ダムを左手に見て再び122号
まだ上り坂の国道・・・・
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暫く国道122号を走り足尾を目指す
速度が低いので、先を急ぐ気持ちが無い
一度写真に収めたかった場所に停車し撮影。

この足尾町の向こう山間にそびえる堆積ダムは・・・

簀子橋堆積場

足尾銅山繁栄の下
1234kmの坑道が掘られ、今は雨水などがそのトンネルに染み渡り
水質の2次公害を引き起こす原因にもなってる
我々一般人はめったに見る事の出来ない所でもある

政治的匂いがプンプンし、簀子橋堆積場内部の写真撮影が古河社員に見つかれば敷地内で強制没収に逢うのは必須の事

汚染水(坑道雨水)を中性化した際、混入する土壌を広大な上流のダムに堆積させる
その後、中才浄水場浄場にて渡良瀬川に放出する

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此処で過去の貴重な画像を紹介してみよう
勿論この時ゲートが開いてたので古川鉱業の敷地内(不法侵入に当たるが真実を収めたいばかりに突入する馬鹿な親父)にスーパーシェルパで・・・・・
最終的には進入が社員に見つかり没収寸前だった画像。

その時の社員は酷い者で4人掛かりで身体検査はするで
温厚な親父?はついに切れ
『俺は不法侵入は認める。しかし真実を知りたいだけだバイクのナンバーでも控え刑事裁判でも持ちこめや!こらぁ!!!』
と言い放ちナンバーを控えさせ退散した

昔、多くの住民を苦しめた足尾銅山の鉱毒が、その下流に位置する渡良瀬川の漂流水を太田市は30%買って 我々はその水を飲んでいる
本当は今尚続く公害の原点である
時の流れと共に今はこの下流に草木ダムが出来有害物質はダムによっても沈澱作用し、あまり騒ぐ事も無くなったのであろう

驚く程の大きさの人口湖 赤く不気味なヘドロが見える 去年の撮影。

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最も重要な写真はこれ
堆積場のオーバーフローした水を直接渡良瀬川の支流渋川に流してる。
今でも渋川は魚の居ない川である

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ヤマハHS1が製造され40年の月日が経過する
この簀子橋堆積場も40年~50年で簀子橋堆積場ダムは埋まってしまうが坑道は残る・・・・・・・

この親父はあまり足尾に踏み留まりたく無い気持ちは今も有る
なるべく早く通り抜けたい地域になってしまった

松木川渓谷は日本のグランドキャニオンと言われるが・・・・精錬の為昔は近隣の山木を伐採し、近年の煙害により急斜面の土や岩は当然雨で流れ落ちてしまった。。
自然でなく人間の仕業なんだよなぁ・・・・・今またその爪痕による後遺症で新たな砂防ダムの修復中である為進入できない

しかし、またいつかきっと行くのだろう・・・・・・・・・

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さあ、足尾を抜け日足トンネルを目指そう!!


途中軽自動車が突いて来る・・5速ではパワー不足4速全開にてしばらく走る
メーターを見ると80km/hじゃねえか。。。これが限界(涙

後ろに付かれ追い抜きも掛けて来ない・・・トンネルはきついなぁ~と考え細尾峠(足尾峠)に入る為右折。

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しか~しバリケードがあり細尾峠は通行止め
HS1じゃあ無理。
断念し再び日足トンネルを通る事に
日足トンネルを抜け国道122号線から120号に日光市へ
ふと道脇を見ると街中の庚申塔群
つい最近のブログ記事6/10の些細な発見にも書いたが地方により庚申塔の形は様々である
日光方面には角柱の庚申塔が多いと聞いた事がある
上部に月と日と雲が彫られ種子(凡字)、二拝猿 そして主尊には奉待青面金剛
庚申塔である元禄の時代も見受けられた
う~ん日光方面の庚申塔探訪もおもしろそうだ!!

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日光東照宮前を通り、県道247号⇒県道169(青柳日光線)⇒霧降高原へ

霧降高原に向かう県道169は一昨年だったか無料となり最近ではバイクが非常に多い
休日ともなれば大笹牧場の駐車場はバイクで一杯だ
90ccで上り道路はやはり大変3速、4速とフルスロット・・・・・
HS1は真白な煙を残し坂を上って行く
ようやく頂上部に到着した

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そう言えば昔『人間の証明』という映画が有ったそれに登場する地名『霧降高原』が此処

ここからは大笹牧場まで下り坂HS1には楽チン

大笹牧場にて

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帰り道牧場の牛とHS1
こらから霧降頂上までが昇り坂
その後は地元まで下り勾配となる。HS1の試練も少し

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日光市に再び入り、東照宮参道や社寺を見る

徳川家康が祀られる東照宮参道
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「大猷院」は、徳川三代将軍「家光公」の廟所(びょうしょ=墓所)

HS1中心として3方向撮影する
後日この周りの庚申塔を探してみよう・・・・・
はたして庶民の祭り事の跡が見つかるだろうか?
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下り勾配の道を過ぎ関東平野へ
国道122号を走り大間々町。そうだバイク仲間『ねぎちゃん』が骨折で入院してる病院へ顔を出そう
まぁバイク事故で入院中の所へバイクで行くのも不謹慎だが行ってしまえぇ~~(汗

とにかく元気そうでなにより。。治ったらまたバイクに乗るそうで・・・・
退院したらまずセローに乗るそうで
親父はバイクの誘惑に誘う悪魔なのか。。。。。

一路帰宅道へ
自宅から数分の所 田んぼ道で

ガス欠~~

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まあ、何とも悪運強き親父
女房が自宅に居たので車で迎えに来て貰い、車の窓を開けそれにつかまりバイクを引いて行く(笑)
田舎の田んぼ道だから出来る芸です。


走行距離218km
平均燃費28.3km


明日の天気は如何に!


明日もツーリング予定だ。



2stオイルの焼ける匂いと日差しに魅せられ

昨日HS1の多板クラッチを交換し実弟(2st先生)の家に寄り道しながら帰宅

弟は、幼き頃から兄貴(俺)影響を受けバイク乗り
若かりし頃はバイクのレース活動に励む 最近までスポーツスターに乗ってたが・・・・・

昔の2st時代を懐かしむ如く今は2stスズキガンマの虜になる

バイクガレージの中には完成したガンマが二台と嫁のヤマハフェザー600、後に甥が乗るであろうカワサキ250TR

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レストアされたガンマ達

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ガレージの中には組上がったエンジンが一基

DSC01386s_R (3)DSC01386s_R (4)

まだか!!と言わんばかりに・・・・もう一基組立中のエンジンが・・・・・

おいおい、お前の所

ガンマ屋かぁ~~(汗

エンジンは合計6基あるそうで・・・・・・呆れた

DSC01386s_R (5)DSC01386s_R.jpg

これに飽き足らず
弟『まだ有るぞ見るか・・・・・』

クランクケースやエンジンが丁重に包装され保管されてる
カウルも有る・・・・・

DSC01388_R_20090612093924.jpgDSC01389_R_20090612093931.jpg

まだまだ有る仕事用倉庫の片隅にフレーム関係が
無邪気に嬉しがりシートを取って見せる実弟。。。。

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まあ、ここまで来るともう・・・言葉が出ません(流石でしょうか・・・・・・)

先生にクラッチの様子を診断してもらい実家を後にし帰宅する

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そして今日はHS1で出社

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出社したが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2stの匂いと日差しが若かりし頃の情景を蘇させられる。。。。

今日はHS1に乗ろう!!

出掛ける事にします(汗

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そんな訳で行って参ります!!!  (笑

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ものぐさ親父のヤマハスポーツ90HS1

今年1月にヤマハスポーツ90HS1が嫁入りした
当初、クラッチが滑り気味に気付いてたがそのまま放置状態だった
先日100km程乗り限界と確信する

2月19日 良い歳した親父が無邪気にHS1に乗る
この時点でもうクラッチは滑ってる

HS1暴走親父

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1969年この親父が10歳の頃、生産された

ヤマハスポーツ90HS1

★このカタログのライダーはヘルメット被ってません時代を物語ってます(笑)

hs1k.jpg

3000km走行の予備エンジンを組み直し乗せ換える予定だった。
しか~し、季節のせいか、乗りたい病で我慢出来ず予備エンジンのクラッチをハゲタカして
クラッチだけを入れ替える

多板クラッチを・・・・・ハ・ゲ・タ・カ します

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DSC00499_Rr.jpg

滑ってるクラッチ
酷い滑り・・・・・・・

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組み換えが真剣で、組み換え写真撮ってませんでした

組み換え完成のHS1 しっかりエンジンのトルクが伝わり早いです

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『お~いオイル交換するべぇ・・』と息子に

親父がバイクで京都へ出発する前の日 先週の土曜。

慣れぬ手つきでドレンボルトを緩める息子
親父『しっかり両手で押え回せ・・・・』等、うるさい親父
黙って真剣に作業を・・・・・・

親父譲りの不器用さ・・・かな?

バイクに乗り始め1年10か月が経過した息子
事故も無く16000km以上を走破した


今回のオイル交換は ホンダVTR250・BMW R1200RT・スーパーシェルパの3台
3台とも前回オイルフィルターは交換済み、今回はオイルのみの交換作業 

息子のVTR250から
前回の交換から既に4300km以上を走ったVTR250

DSC01181_R_20090610194544.jpg

オイルは1.8ℓ
GT-1®High Performance Engine Oil SAE 20W-50 レーシング・スペック
規格 API:SM
基油(ベースオイル) 鉱物油

Kendall(ケンドル)のベースオイルは、成分上「鉱物油(ミネラル)」に分類されますが、性能が化学合成油に匹敵するものについては「合成油(シンセティック)として表現することが公に認められています。
Kendall(ケンドル)のエンジンオイルには、鉱物油の良さを残しながらも、化学合成油に近い性能を持っているベースオイルが採用されています。

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締め付けトルクをサービスマニュアルで確認する

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29.0 N・m

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トルクレンチでボルトを締める

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新しいオイルを

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『自分のバイクは自分で・・・・』と言った親父は手伝えとは言えません
自分のバイクを洗い始める息子・・・・・・コンニャロメ!!(怒・・・・・・

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仕方無く親父は自分のノルマ達成の為作業に入ります

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R1200RTはトルクスネジを多用してるわりにドレンボルトだけ?は六角です(笑
ワッシャーも新品に(左が使用済)

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締め付けトルク

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因みにオイルの汚れ
確認窓から見た比較 左は4012km走ったケンドルオイル 右は出版社: スタジオタッククリエイティブ  BMW4バルブボクサーツインメカニズム&メンテナンス から拾った画像。
ケンドルは普通乗用車でノーマルコンディション16000kmまたは1年/シビアコンディション10000kmまたは1年を推奨してる
http://kendall.jp/index.html

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親父はもう一台シェルパ

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京都行き前日のオイル交換の終了。

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廃油処理はペール缶に貯め一杯になった頃ガソリンスタンドに持って行く
スタンドは無料で廃油を引き取るのでこの方法が一番だと思う


DSCd0238_R (3)


些細な発見

通勤途中の道脇に有る見慣れた庚申塔を見て、ふと思い当る

それは、先日行った京都の事だった。
近畿地方(丹波)において庚申信仰の遺物である庚申塔を野辺に見出すことはまれである事。

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先代の足跡 (HPより)
江戸時代まで、日本の神道と仏教は融合しあう時代が続いていましたが、慶応4年(=明治元年)に出た神仏分離令で、(「庚申待ち」・「お日待ち」)。仏教・神道・陰陽道・道教などが結びつきあった民間信仰は衰退して行ったと聞いてます。
中には今だにお寺や神社に庚申塚が合祀されたりしてます。しかし最初から合祀された考えと違う説も有り、明治時代になると、政府は庚申信仰を迷信と位置付けて街道筋に置かれたものを中心にその撤去を勧めた。よって後に神社やお寺に合祀された可能性も高い。
さらに高度経済成長期以降に行われた街道の拡張整備工事等によって残存した庚申塔のほとんどが撤去や移転されることになった。
近年、私が幼少の頃、家の近くに立派な庚申塔群が有り、河川改良に伴い近くの墓地に移転したようです。
風雪と周囲の環境の変化に耐え、かろうじてその形を保ちながらひっそりたたずむ石塔や石仏これらは庶民の残した貴重な文化遺産と言えるでしょう
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↑お馴染みの文句ですがご勘弁を(笑)


庚申塔は庚申信仰のいわば記念塔
旧暦では60日に1度、庚申(かのえさる)の日が巡って来る、この夜眠ってしまうと人の体内にすんでいる三し(さんし)という虫が天に昇り、天帝にその人の日ごろの行いを報告するという道教の教えがあり、罪状によっては寿命が縮まると言われてた。寿命が縮まっては大変!この日は身を慎み、虫が抜け出せないようにと徹夜して過ごし、身を慎むことから始まり徐々に米や野菜、お金を持ち寄り、皆で飲食・歓談して過ごす楽しい集まりになっていき、さまざまな情報を交換し、農作業の知識や技術を研究する場でも有った。
この集会を3年18回続けた記念に建立したのが庚申塔。

近畿地方で庚申塔を見かけることは少ない。それはたぶん、近畿地方では著名な寺社が比較的多い地域的事情から、雑行が禁じられなかったにせよ人々の関心は夜っぴて信心の灯をともすまでには至らなかったのだろう。
もっとも、大阪には四天王寺に庚申堂があり、洛中には八坂庚申堂がある。庚申信仰は存在するが、地域の寺院中心に行われていて人々の庚申信仰への関心は他の地域とはやや異なっているのかもしれない。


世間の不景気も身にしみ暇なこの頃。

まぁ、そんな訳で、以前じっくり行って見たかった場所へ・・・・・・

69年式HS1バイクでGO!

群馬県から足尾、日光へ続く国道122号線を進み県道沼田街道に入り黒保根村へ

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目的地の庚申塔群

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この地方には珍しい双体道祖神(長野県には多い)

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様々な形の庚申塔

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これも庚申塔なのか?3重塔であるが・・・・

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3重塔の上段を見ると月と日と雲が彫られてる。まさしく庚申塔である
そして一番下には庚申塔の文字が

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他の地方では見出す事の出来ない庚申塔だろうか?
その庚申塔群の中に、このような多重塔が合計3基ある
他を調べると・・・・・

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風化が激しく中段は彫られた様子は有るが見取れない
しかし最下段には鶏らしき彫り物が2対

庚申の日の翌日は「酉」の日となる。徹夜して翌日を待つ象徴として、酉を鶏で表したものだ。当時の日付変更は翌日の夜明け。日の出前でも鶏鳴を聞けば、すでに翌日という解釈も生まれる。
これも間違い無く庚申塔の証拠が取れた

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最後の塔は風化が一番酷く証拠の彫り物は見出せなかった

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この近辺(みどり市東町小夜戸地内)には石造五重塔と呼ばれ、みどり市指定重要文化財としてその5重庚申塔が有る
(元禄4年(1691年)造立、高さ312cm、形式は五重塔であるが、実際には庚申塔として造られ祀られたものだと思われる。東町(旧勢多郡東村)の庚申信仰の歴史を知る上で貴重な石塔文化財である。また、銅街道の道祖神であるという説もある。)http://www.city.midori.gunma.jp/bunkazai/azuma11.htmみどり市HPより

この風化し彫り物が見出せない塔も自分なりに庚申塔と確信する




そしてその石造五重塔に向かう

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庚申塔の証拠である月と日が刻まれてる

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自己満足をする親父(笑

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この地方にも特有な庚申塔が有る。。昔それぞれの地方で民間宗教が融合して多種多様な碑が建てられたが思いは皆一緒だったのだろう

素朴で優しい先代達の足跡を追ってみた

時がゆっくり流れた時代・・・・・・正反対の現代、忙しく時が流れ
そんな中に生きる親父は文明の力で帰る

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遥か西へ152里(600km)の旅と人情を思う

昔、車も無い時代移動は徒歩152里の道程を旅する事は大変な事だったろう
親父の住む北関東は京都と縁が深い日光例幣使街道が有る

京の朝廷の使いが、各街道を通り日光東照宮に毎年御幣を捧げるために通った道で、東照宮の例祭に合わせ、四月一日に京を発ち、四月十日に上州に入り、翌日にこの道を通り、十五日に日光に到着したとされてる。

徳川家康は死後、朝廷より神号「東照大権現」を下賜され 日光東照社に祀られ神となり
後に、東照社は東照宮と改称する宣下を受け、朝廷臨時奉幣使が派遣される。
以降、毎年家康の命日の祭礼に「日光例幣使」が派遣されることになり、 例幣使とは神に祈りを捧げる「金の幣(ぬさ)」を奉納するための勅使。
 この行事は明治維新前年の慶応三年(1867)迄二百二十一年間休むことなく続く。


時代が流れ時と共に新たに道が整備され車等で移動可能となる
そんな時代に生きる親父は文明の力を使い京都往復を1日で1237.1kmの距離を移動した

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気まぐれ親父は前日、奇襲予定を決め京都地元の人達に多大な迷惑を掛けた(笑)

酒を飲み11時前に床に入るが気持ちの幼い親父は寝るに寝付けず・・・・結局午前2時起床
BMW R1200RTを自宅から引っ張り出し準備をする為、事務所からの出発となる
午前3時55分 空が白み始め北関東自動車道太田・桐生ICへ向かう

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北関東は雲が多め、おおむね晴れて、高速道路に乗った時点では晴れた走行となる
北関東自動車道⇒高崎Jct⇒関越自動車道⇒藤岡Jct⇒上信越自動車道⇒更埴Jct⇒上信越自動車道と北方面に進路を取り北陸自動車道へ向かう
早い出発で高速道路は空いてる
此処で車の少ない高速ではR1200RTのクルーズコントロールが非常に便利
(65km/h~180km/h)にセット出来るコントロールを120km/hにセット(上り下りも一定速度)
コントロールの解除はブレーキやクラッチで解除になりアクセルを開けると加速し戻すと元の速度に戻る。今回長い間クルーズコントロールを使い新たな発見が有った
コントロール使用中はその速度に合わせたアクセル開度が制御され、勿論ライダーによる減速加速は常時受付られ、アクセルにトルクが掛かる(おそらくアクセルスロットにサーボが使用されてる)
トルクの掛かったアクセルを最後まで戻すとコントロールも解除され、ライダーにとって違和感無い操作となる。これによりグリップを適度に軽く緩く握りR1200RTの立ち姿勢ライディングスタイルが楽になる。滅多に日本の高速では使えない機能 それでも空いてる高速ではかなり重宝される
そのコントロールと風防スクリーンの微調整をすれば・・・・長距離は天下逸品 ツアラーの最高峰R1200RTと言えるのだろう

まぁ、そんな楽チン移動で上信越自動車道⇒上越Jctを目指し北上する・・・・
日本海に近くなると雲が低くなり、あやしい雰囲気。おいおい天気予報晴れじゃ無かった??
北陸自動車道 新潟・富山・石川は雨でした(涙)
でも、流石R1200RT。小雨は全く体が濡れませんカッパ無で!!

初めての給油休憩AM6時05分 2時間経過後259.5km地点 名立浜中SA
R1200RTの残走行距離は226km残ってるが此処で一旦給油する

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小雨が降ったり止んだりの北陸自動車道を西へ
2回目の休憩 南条SA

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2度目の休憩AM9時08分 3時間経過後528km地点 南条SA
残走行距離は270km有るので京都まで無給油でノンストップ予定
コンビニにて、おにぎりを1個買い人間の燃料補給。雨の影響で平均速度も落ちてる
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北陸自動車道 敦賀市を過ぎた所から空が一変し青空が見え気温が上がって来る
南下を始め北陸自動車道⇒米原Jct⇒名神高速道路⇒瀬田東Jct⇒京滋バイパス
途中バイパスを早く降り過ぎ迷ってしまう・・・・田舎者の親父は迷子。。。。
なんとかナビが有ったので住所検索で無事到着

京都府八幡市にあるたこ焼き屋「いっちゃん」←HPに飛びます是非一度ご賞味を!!

到着は11時少し前。まだ準備中のロンゲのオヤジさん
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到着距離688.4km 北陸道周りなので少し多めの距離でしょうか
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少しするとブログで仲良くして頂いてる

hanaさんhanaが行く!!  ~道があるから旅に出る~

はおはおさんぼちぼちいきまっしょい-第3車線爆走中w

お二人さん登場!!来てくれました。。
自分勝手な親父はもう・・・両手に花気分(笑)

hanaさんは、介護関係?で大変で大切なお仕事をしてる、女性らしい気使いがやさしそう(料理も上手い)!お爺ちゃん、おばちゃん、幸せだね
はおはおさんは、苦労を知ってる大阪の美人おかあさんで逞しそう!話をしてると大阪に引っ越ししたくなる 短い間でも本当に楽しかった

去年12月にお邪魔してロンゲのオヤジさんと話をした時、良い人だなぁと感じ・・それから数か月
店には大勢のライダーがタコ焼きを求めて来る。タコ焼きだけでは無いだろう、きっとオヤジさんの人柄にひき付けられ来るのだろう。
店の中には訪ねたライダーの写真が3冊にも増えてた
オヤジさん『店をやってライダーが来るのが楽しくて・・・・・・』
生き方を真剣に考えてるそして本来人間の自由や責任を求めて

ブログで知り合った仲でもブログを通し理解できる感じがした、そう今回hanaさんや、はおはおさんに初めて会った感じが無かった何処かで会ったような

道で見知らぬ人と袖がちょっと触れ合うようなささいなできごとでも、それは単なる偶然ではなくてすべて前世からの因縁によるもの。だから、どんなささやかな出会いもたいせつにせよという。
『袖すり合うも他生の縁』だろうか?

そして今日オヤジさんはブログで知り合った大門先生達とキャンプに出掛けたそうだ
昨日と今日この出来事は偶然なのか?

152里離れた不思議な縁を感じた

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お店はライダーの集まりで、何人かのお客さんが訪れます

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親子でTOMOさん
たぁ~ぼぉ~さん 
ZIOさん
親子でかりやんさん
夢さん

短い間ですが、お話も出来十分満足です


そしてお目当ての京風たこ焼き!

タコ焼きを食べる為のロングツーリングの企画もおもしろそうだ。。
ツーリングクラブECHO に企画を提案してみようか?(笑)
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そしてもう一つ

フルーツかき氷

流石職人のオヤジさんが考えたかき氷です
フレッシュいちごを氷と凍らせ、かき氷にする
此処で問題となる事が・・・・刃が人の手で研いだ物で無いと無理らしい
どうです?普通のかき氷より氷が細やかです(美味しいですよ!)
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タコ焼きやかき氷を頂いて
オヤジさんの仕事を邪魔しながら時刻は2時になろうと・・・・
早めの帰宅を考えて帰る事にします
優柔不断な親父(俺)がこれ以上長居すると・・結局一緒にキャンプまで行ってしまう事になるだろう。。
此処は別れを惜しんで帰る。また京都位は朝飯前さ(笑・・・・・・・
と言う事で2時頃京都を後にした
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帰路は名神高速⇒中央自動車道⇒長野自動車道⇒上信越道⇒関越道⇒北関東自動車
無事8時50分帰宅
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平均速度78.1km/h/往復距離1237.1km
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燃費20.8km/l
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去年11月に納車され既に8818kmとなりました10000kmまで僅か
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晴れるぞ!西へ

今日、予定の『津軽半島日帰り「体力勝負!?」ツーリング』が中止となり
欲求不満も最高潮。。。
明日は東北方面以外は晴天の模様・・・・・・
さてさて、津軽半島方面は天気が思わしく無い感じなので矛先を西に向けよう
去年お邪魔した
京都府八幡市にあるたこ焼き屋「いっちゃん」
あいにく、お店の休みに行ってしまい『たこ焼』をゲット出来ず終わってしまった
明日は営業日! 
京都のたこ焼屋さんに奇襲決定。。。。ロンゲのオヤジさん!!行くぞ~~

そんな訳で明日は西へ!!

日帰り1000km以上の旅となるだろう。。。

津軽半島日帰り「体力勝負!?」ツーリング・・・・・

ツーリングクラブECHOで明日津軽半島まで行く予定だった・・・・・・・

日頃、親父の行いが悪いのか・・・天候不順の為、中止

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6/06(土) 津軽半島日帰り「体力勝負!?」ツーリング(^_^;)(hibiちゃん企画) ⇒ 中止
2009年6月 4日

6月6日(土)に予定していましたhibiちゃん企画津軽半島日帰り「体力勝負!?」ツーリング(^_^;)
は天候不順の為、中止致します(^^;)


参加予定していた人、大変申し訳ございません・・・・・(^^;)だれもいないかな?
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最近、ツーリングクラブECHOの参加は息子を伴っての参加が多い・・・いやぁ、むしろ息子の方が皆勤賞並みか・・・?
今回は、VTR250で参加は強行軍で辛く諦めてた息子に一泡ふかしてやろうと思った魂胆が・・・・・・
天罰ですなぁ~~(涙

雨の長距離ツーリングは過酷で辛く、まぁ今回は仕方ないかと諦める親父。。

長距離ツーリングは一人旅が多く、息子も中型自動二輪を取得し2年目に入ろうとする
今、この時期一緒に息子と長距離をバイクで旅しようかとも考えるこの頃である

息子と計画する前に一度行って見ようと考えてた訳ではあるが・・・・中止。


最近の長距離を振り返って見る

↓クリックすると拡大します
simokita.jpg 去年5月下北半島

下北半島到着 1日目5/15http://kasehikaru.blog121.fc2.com/blog-entry-97.html
下北半島の旅 2日目秋田編(5/16)http://kasehikaru.blog121.fc2.com/blog-entry-98.html
下北半島の旅 3日目帰路 息子が待つ北陸道へhttp://kasehikaru.blog121.fc2.com/blog-entry-99.html

去年5月はFJR1300 3日間の旅 走行距離(1931.8km)
最終日は息子が、ようやく一人でツーリングを始め自宅を一人出発し新潟までツーリングに行き高速PAで待ち合わせした記憶が有る



kyokeiro.jpg 去年12月

往復1233kmの旅そして京職人との出逢いhttp://kasehikaru.blog121.fc2.com/blog-entry-318.html

BMW R1200RTが11月末に納車となり、慣らし運転が終わるなり12/10に京都に向い
宿泊の予定だったが、東名を上り強行軍で夜を徹し帰ってしまう
R1200RTの長距離性能を見せつけられた旅だった 1233km



せめて日曜は晴れてください。。。。


久々に走った林道。栗原川林道

4月末よりツーリングらしい事は何も無く・・・昨日珍しく走りました
まぁ、通勤はバイクですがね(笑)
最近野暮用が多く・・・乗れませんでした
一言!!野暮用より景気回復して早く忙しくなって貰いたい今日この頃。。。

偉そうな事を言ってる親父ですが昨日は仕事をサボり山へエスケイプ!
↓クリックして大きくなります
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会社⇒太田市内⇒国道50号⇒国道122号⇒県道62号⇒栗原川林道⇒国道122号⇒望郷ライン(農道)⇒国道353⇒国道50号⇒農道⇒帰宅
約180kmツーリング
(赤城山を周回するコース)


今日も元気に出社。。
出社しながら季節の風物田植えの状況を写真に収めたのがきっかけとなり会社をサボリました
夜はカエルの合唱で賑やかな季節です
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いつものお気に入り風景。朝早く農作業と麦畑
この麦畑も水田に変わるも間近。
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昼が過ぎ曇り空にも関わらず何故か気持ちは落ち着かず
そんな時に限り来客が多い日でした
午後3時過ぎ
(曇った日暮れ時の林道も面白いだろうな~)と考えつつ事務員さんに遊びに行って来ると告げ飛び出しました(笑

国道122号を抜け県道62号(黒保根沼田街道・通称ネリ)へ
ここまで来ると結構寒い気温18℃!装備は社服にウィンドブレーカー・・・通勤と同じ服装。。

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そんな事には、お構い無く林道目指します
黒保根村方面栗原川林道起点先に到着。
時刻は4時10分 会社から約1時間で到着 出発時のトリップメーターは凡そ30km前後なので50kmの距離(現83.8kmを刻む)。
此処から悪路の林道を走り切るのに2時間程掛かるが日暮れ前には林道を脱出出来るだろうか??

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10分も経過しない時反対方向からヤマハセローがすれ違う
手を挙げお互い挨拶・・・・
きっとこの時間から入る俺は変態親父と見られたかも・・・・・(汗

ようやく、新地林道との合流地点、右手が新地林道
皇海山(すかいさん)方面が栗原川林道となる 新地林道と栗原川林道を併走すると、なんとダートの距離は70km近くの林道になる(新地方面ゲートが開いてれば最高に長い距離)!
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林道を1/5程進んだ地点
此処には新入禁止林道ではあるが、各林道が交差する地点

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去年3月下旬に撮影した進入禁止林道(去年の3月下旬は残雪に敗退し引き返した)
実はこの林道も面白い(汗・・・・

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先へ進み
曇り日の夕刻ながら、新緑の様々な色合いの緑が美しい

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晴れた斜陽の林道がきっと美しい所だろう
しかし、その時間にこの場に居る事はさぞ帰路が恐怖になってしまう・・・
まだ半分もクリアしてない途中である

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尾根沿いを抜け谷の合い間に出る
この沢水が流れる地点は早春の頃残雪が流れ滞留する場所で無残にも残雪に敗退した場所である
また、大雨が続くと濁流が林道を飲み込み渡る事が不可能となるだろう
今は至ってのどかな感じ。

DSC01154_R_20090604173810.jpgDSC01157_R.jpg

暫く走り中間地点
皇海山(すかいさん)登山道 トリップは101.6km黒保根入口から18km付近
既に時刻は5時02分


日本百名山 皇海山(すかいさん)


 平安から鎌倉時代、日光を中心に庚申山、鋸山、皇海山など足尾山塊の山々は、勝道上人の弟子たちによって開山され、山岳仏教の修行地となっていったと伝えられる。
 江戸時代、庚申山の奥の院として、鋸山と合わせて信仰登山が盛んになってきた。明治26年には、東京の庚申講中によって、皇海山項東方に青銅の剣が奉納され、現在も立派に残っている。故深田久弥氏の登山記によると、皇海山は遠くから眺めた形から推して、昔は笄山(こうがい山)と呼ばれていたが、そのコウガイが皇開と宛字され、やがて皇海となり、皇はスメラとも読むところから皇海はスカイと呼ばれるようになったと伝えられる。
 皇海山は、故深田久弥氏の日本百名山の一座として、登山者から注目を集めるようになった。近年、群馬県利根村追貝の奥から栗原川林道が開放され、皇海山、鋸山への登山は時間が半分に短縮され、登りやすくなった。(沼田市HPより)


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中間地点を過ぎ、山は尚険しくなり林道脇の谷は深く絶壁状態がしばらく続く
ガードの無い所も当然の如く有る

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暫く林道は岩肌の出た道となり狭く心なしか下り状態
時間を気にしながら沼田方面へ急ぐ

伐採された木の向こうに民家が見え始め幾分安堵する

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ふと見ると日本カモシカがこちらを見てる(笑
3匹目のご対面

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久々の舗装道路とのご対面 林道の旅は終わり
走る感覚はまるで別世界で嵐の去った平穏な心持ちで路面を走れる

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林道が終わった時点のトリップメーター121.4km(38.6kmの険しい林道だった)
時刻は6時02分まだ明るい時点で無事林道を抜ける事が出来た

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国道122号線を目指し給油し帰宅しよう
給油後、望郷ラインを走り赤城の西側から周り込帰宅しよう!!

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帰路途中赤城山西側では大粒の雨に打たれ南側になった頃には暖かくなり雨も降って無かった

帰宅は8時前。気分転換サボリ林道ツーリングは無事終了。





生きる(癌や膜下出血)

  • 2009/06/04 15:25
  • Category: 日記
最近、自分の周りでは生や死に対し様々な出来事が・・・
半生を過ぎ50代となれば、やむを得ない事かも知れない
自分の歳を振り返り、そんな歳を取った自分に対して不思議さも覚える今日この頃。


友人の死

中学時代からの友人の葬儀が先週行われた、50歳・・・まだ若い半生で幕を閉じてしまった

彼の亡骸は先週異国の地から帰り正装のチャイナ服とチャイナ靴に顔には薄黒く化粧され中国式だろうか?そして円形の棺桶と共に・・・異国の地で丁重にして貰い祖国に帰った

5月上旬、彼が膜下出血で異国の地で倒れ約1ヶ月の集中治療も虚しく旅立つ
最後に会ったのは今年の2月で旧正月に当たる時、中国は2月の旧正月が盛大となる時期で一時帰国をし、夜を徹して彼と飲み明かした日が最後となる
彼の勤務先で仕事の繋がりが有り仕事で渡航予定も有る『中国に行った時は宜しく頼むぞ・・・・・』など言葉を交わしたのもつい最近だった
そんな幼き頃からの友人はもうこの世には居ない

俺も10年先か20年先か宿命は解らないが後から行くから・・・・・

戦時中の頃の人達には申し訳無いが現代の日本や世界は混沌として来た兆候が
未来を担う子供達の未来は混沌としどうなる事やら

俺も、もう世の中には未練は無いさ・・・と無責任に思ってしまう
生きる事とは一体何だろう?

友人の死で彼の事を客観的に考えた
彼はまだ独身で日本に於いてはお袋と二人暮らしだった
しかし、兄弟は男二人健在の境遇にある

彼の中国赴任は当初言葉の壁も有り大変だったらしい
しかし、話を聞くと、かなり楽しく人生を謳歌してたようだ・・何よりの幸い
まして、今回の病気で例え命が助かっても人生の復帰は難しく本人もとより周りの人達も苦労する事は必須だったに違い無い。
短い人生でも友達達に恵まれ、最終中国でも彼らしい本来人に好かれる性格で楽しい生活をしてた
彼の一時帰国の時彼は
『若い彼女が居るからデジカを土産に買って帰る・・・・』と言ってた
その彼女は友が、この世の記憶が消え失せる瞬間一緒に居たそうだ

友の冥福を祈る。







俺の親父

昭和元年(大正15年)12月生まれ84歳

84歳になる親父は前立線癌と診断され骨転移もしてステージDだろうか?
親父との思い出は何故か
昭和36年当時の様子を鮮明に覚えてる・・・・・
自動車で良く連れられ出掛けたからだろう

マツダT600に乗る親父       幼少の俺と親父
DSC00929_R.jpg  DSC00928_R.jpg

この歳になっても何故かあの頃の想い出は鮮明に残ってる
国道と言っても砂利道が多く、信号も殆ど無い

実の両親は実弟家族と一緒に暮らしてる
まだ、両親とも健在だが・・・・・
先日、実弟から電話が入り『どうやら親父は癌らしい・・・・』
そんな事から昔の家族一同(親父、お袋、俺、弟)で病院へ行った
時は過ぎ昔の家族4人。
今現在はお互い兄弟家族は多くなり、別々の生活で、互いに子供達は3人親と同居(7人家族)と(6人家族) 病院の車中の中・・・・昔4人で車に乗った記憶が蘇る。まだ車の往来も少なく車が有る家庭はとても珍しかった時代 何か昔の小さな家庭を思い出した。民家の少ない田舎で夏は蚊帳が有った頃

今月29日に癌の進行状況等詳しい情報が明らかになる
84歳になる親父に弟は
『もう、よかんべ84歳だからなぁ・・・・・』と
親父は、少し笑いながら
『そうだなぁ・・・・・』と
今もって因業な所が有る親父に諭した言葉だろう。
しかし、言葉は少なくとも、兄弟の気持ちは同じだった
(苦しまずに迎が来て欲しい)ある意味残酷な考えだが本当に親を思う気持ちだろう

84歳になる親父は戦争も少し経験した。あと1日終戦が遅れれば沖縄に行ったそうだ
終戦となり、終戦の混乱期から、そして朝鮮動乱(朝鮮戦争)で日本は成長期に移り
そんな流れの中、親父は兄弟が多い中から離れ核家族として所帯を持ち現在に至った

84年の生涯を生きた親父は日本の成長と共に生きた人
戦後、日本の道徳教育が骨無しになり
俺の幼少の頃、軍歌や教育勅語を聞かせたりした親父だった

人の人生とは短く
季節の流れは速く繰り返す、また季節が行く度か繰り返し親父の後を追う事になるだろう

人間の性(サガ)で今再び混とんとする警鐘が有る中
俺達は何を子供達に教えたら良いのだろう?
何も解らない・・・・・何も出来ない・・・・
しかし、何かを教え生きる事を教えなければならない


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