納車 R1200RT 

仕事の都合がつきR1200RTが納車に、明日息子とツーリングに行って来ます
FJR1300Aもまだ自宅に有り友人の大型二輪取得まで当分FJR1300AとR1200RTの同居です

FJR1300AとR1200RTの素直な比較インプレをして行きたいと思う

BMW正規代理店モトパークさんにて11/29
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マルチエンジン?

バイク歴の中で4サイクルエンジンは単気筒、2気筒、3気筒、4気筒、6気筒と色々乗った
市販バイクでは6気筒が最多気筒だと思ってたが・・・・・

有りました!市販7気筒バイク。。

JRC CYCLESが販売してる星型7気筒プロペラ機用で、400cc×7=2,800ccの空冷

ネタを現実にしてしまうアメリカ人ってスゲ~~!





親父は歳になったのでトコトコとツインエンジンに乗り換えます




面白いのが有ったので今一丁
最後の場面JETバイクでJET機と競争してる画像が有る



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子供達の未来

先代の人達は長寿や健康のみならず、家内安全や五穀豊じょう、現世や来世のことなどを祈り、それを碑面に刻む。今尚残る庚申塔や道祖神達・・・助け合いや、おおらかさが窺われる

庚申塔と一緒に地蔵様去年秋 息子と庚申塔めぐり

そして現代、我々は子供達の未来に何が残せるだろうか

先代達の国を代表する人達はきっと国の祭りごとを真剣に考えてたと思う

現代の日本、代表する総理が短期間でコロコロ変わる、諸外国から見れば情け無い事だろう
ましてや財政事情今や100兆円を超える借金とも言える
リアルタイム財政赤字カウンター ">リアルタイム財政赤字カウンター

中国への円借款は今どうなった?返してもらったのか600億を超える金
今の中国は世界一位のドル保有国にもなってる

なにもかもが責任の無い政治家が・・・・・・
この親父は政治の事は一切解らない・・・・でも道理ってものがあるだろう?

子供達の未来を考えてるのか?

麻生政権の国際通貨基金(IMF)への10兆円融資
この借金も今のままでは子供達に託される


そして教育
父親から幼少の頃、良く聞かされた覚えがある 教育勅語

これは、西洋の学術・制度が入る中、軽視されがちな道徳教育を重視したものである。もちろん、西洋文明にも宗教(キリスト教)を背景とした道徳教育は存在するが、それを直接日本人に適用するわけにもいかず、かといって伝統的に道徳観の基本として扱われてきた儒教や仏教を使うことも明治新政府以降の理念からすれば不適切であった。このため、伝統的な道徳観を天皇を介する形でまとめたものが教育勅語とも言える。こうした道徳観は、伝統的な儒教とは異なるものであり、江戸時代の水戸学からの影響が指摘されている。(ウィキペディアより)

明治政府の思惑があるにせよ立派に道徳を教育として教えてる

そして日本が敗戦となりこの教育は消えいつしか個人主義へ
あの戦時中多くの若者が命を散らせ、その時の境遇で国の未来を思い特攻にも参加した若者が居た

戦争を知らない子供達時代の親父ではあるが・・・・・・今の世の中残念な事が多すぎると思う



その戦時中(命のビザで有名)杉原千畝氏は道徳を重んじ大勢の命を救ってる

「私のしたことは外交官としては間違ったことだったかもしれない しかし 私には頼ってきた何千人もの人を見殺しにすることはできなかった 大したことをしたわけではない 当然のことをしただけです」

終戦後その杉原氏は外務省を追われてしまう
情け無い政府の始まりだったのか?

親父の戯言です

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若き少年ライダー

もう、一人のライダーと認めても良いだろう
親父の時代から比べればバイク仲間が非常に少ない

そんな息子が、100km以上の集合場所の道程をVツイン250ccで走り抜け
大人達の待つECHOツーリングクラブ メンバーは30代、40代、50代↑に一人で参加する
最近ではECHOのメンバーも親子参加が多く見受けられバイクを楽しむ
バイクと言うアイテムを持って親や人生の先輩方々と交流し何かを学んで行く
高校生とバイクはまだまだ理解しがたい世間の風潮が有るが、気にしなくて良いさ毅然とバイクを愛し楽しめば良い 

今度の日曜は親父も行きたいが仕事が入ってしまう
一人で先輩方に逢っておいで
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 もう皆は君を一人のライダーとして見てくれる


初めて一人単独でツーリングに行った時の思い出
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愛車VTR250のオイル交換をする

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洗車

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親父と日光へチョイツー

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ECHOの皆さんとツーリング(一人参加)

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一人で一泊ツーへ(大人に混じり温泉)

少年一人先輩達と

皆さん息子を宜しくお願い致します







そして息子と一緒に走り抜けたFJR1300は来月友人の元へ
新たにR1200RTが12/2に来る

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`06 FJR1300A 共に過ごした3万キロ

2006年5月FJR1300Aが仲間になり
まだ息子も二輪免許も無くもっぱらタンデムであった
娘2人も何度かタンデムを
タンデムでも無理なく長距離を走ってしまうFJR1300
しかし、後者は睡魔との闘いになる・・・・


行くあても無く東北自動車道に乗り下北半島まで行き1泊して帰る
後に計画を持って2泊3日の第二回目下北半島の旅もする

時間さえ許せば何処までも行ってしまうFJR1300であった


間もなく息子は16歳になりVTR250に乗りFJR1300とカルガモ親子のツーリングが始まる
2007年9月2日 初めて息子とツーリング(近場の奥日光)
この時大雨の影響で金精峠は通行出来ず
2007年9月2日金精峠にて


2007年10月
VTR250の走行距離も2478kmとなる
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2007年11月
親子3人でツーリング
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2008年1月2日実弟のスポーツスターと房総半島へ
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2008年1月赤城の風花が舞う中息子とツーリング
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幾分か温かくなった2008年3月富士山にはまだ雪が
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そして5月単独で下北半島へ
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FJR1300Aと共にツーリングに行った日々
息子のVTR250も走行距離11000kmを超えこれからもVTRと歩むだろう
タンデムから自走へと一緒に慣れ親しんで来たFJR1300A

親父の鉄馬はボクサーツインへと変わる
新たに一緒に走りだす道へ

今度の相棒はどんなインパクトを与えてくれるだろうか・・・
当然FJR1300と出力等を比べれば比較にはならない
しかし、ツインエンジンの鼓動は乗り手と一緒になって道を駆け抜けるだろう

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R1200RT 近況報告

11/15 BMWR1200RTの正式発注に伴い
二輪BMWの倉庫 埼玉県狭山市より11/21正規代理店モトパークさんに入庫する
本日仕事の合い間にモトパークさんの整備工場へ様子を見に行く

木枠梱包のR1200RTの姿は無く殆ど組上がった状態であるが、まだ完璧では無い

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明るい所へとR1200RTを出してくれるスタッフ

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まだ、シールドとETC、ナビのマウントや配線等々有りそうだ

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ナンバープレートも後日に

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仕様はPremium Lineで以下が装備となる
ABS
ESA(電子調整式サスペンション)
センタースタンド
クルーズコントロール
グリップヒーター
シートヒーター
12V電源ソケット
パニアケース

オプションとして49ℓトップケース シリンダープロテクター等々


そして次期FJR1300Aの主人となる友人は今日から大型二輪の教習を始めた
冬からのスタートである。

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今昔トレッキングバイク (スーパシェルパ)

オフロードと称する中、トレッキングと細かく分類する
1970年~1980年代に至るまで様々な個性あるミニバイクや250ccクラスのオフロードバイクが存在した

今やトレッキングバイクと言えば、カワサキスーパシェルパも製造終了となり
ヤマハのセローのみになってしまったと言っても過言でなかろうか?

11月中旬の通勤途中

気がね無く山道へ向かうスーパーシェルパと250TR

栗原川林道集合!


そのバイク達(トレッキング)はオフでありながらシート高を極力低めに抑えオフロードもこなせる所に魅力を感じる
街を抜け、自然の懐へ 逞しい走りと走破性、扱いやすさ、そして競うのではなく、自然との融和の中で自在にマシンを操ることの楽しさ


親父がまだ16歳~20代まで群馬の山々には立入禁止のゲートも無かった
むしろ、国道や県道で有りながらダート道も多かった時代
しかし最近、四輪の四駆も多くなりダート道が荒れ、益々オフロードバイクの肩身が狭くなる

最近の名もなき林道にゲートが沢山ある

若き時代、仲間達のオフミニバイク(スーパーカブも有った)やオフロードで山へ行った思い出

懐かしいトレッキングバイク達
1981年代のトレッキングバイクシルクロード(スーパローギア)が有った
ホンダのトレッキング発売当初は売れなかったらしい
トライアル(TL125)がトレッキングバイクに変更されイーハトーブと命名された
現在でも近所だった後輩が乗り続けてるらしい・・・
トライアル版トレッキングバイク



トコトコゆっくり通勤に使ったり・・・気軽に思い立ち春先の山へ探検へ
そんな遊び心多いトレッキングバイク
春先の栗原川林道 残雪を超えた残雪に埋もれたシェルパ

オフロードは、またロードスポーツと変わった楽しみが有り気軽で楽しいバイク
スーパーシェルパとは長い付き合いになるだろう

松並木とシェルパ廃線とシェルパ

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VTR250

珍しく風邪をひいた親父
まさしく鬼の霍乱と言ったところ・・・・
通勤もバイクを諦め車で通勤中です。健常な有難さをしみじみ感じるこの頃

さて、息子の乗るVTR250も一万キロを超えバイクの運転も様になってきた
今後も安全に乗って貰いたい

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最近ではお世話になってるECHOツーリングクラブ メンバーは30代、40代、50代↑。に一人で参加。

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一日500kmを超える事も
『ト・ト・ト・ト』とエンジンを刻みながら一緒に走るVTR250
相棒VTR250と共に何処までも遠くへ青春の思い出を刻む

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一人大人達に飛び込み経験を豊かにする
バイクと言うアイテムを持って

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いつしか親父と同年代になった頃きっと思い出すだろう

一緒に歩んだVTR250

まだ小さな息子とVTR250何処までも
バイクは楽しいさ

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高校時代・1970年代バイクマルチ化へ

1970年ナナハン時代の幕開けと共にバイクマルチ時代が訪れる
親父は高校生のバイク乗り(当時の高校生は誰もと言う程バイクに乗ってた)
国内バイクメーカーが世界に羽ばたく時期でも有った

親父が高校時代の愛車達
ヤマハRX350 2サイクル2気筒350cc
ホンダCB500フォア 4サイクル4気筒500cc
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以下に前日のブログ内容を引用

実は、BMWは1970年後半に「モーターサイクル生産を継続するかどうか」の決断を迫られている。空冷ボクサーの需要が年々下がり、業績が悪化していたのだ。その影にあったのが、日本車の存在と将来確実に厳しくなるだろう「規制」。BMWは、1960年代まで英国車の「トライアンフ」や「BSA」などとビッグバイクの主要マーケットであったアメリカで大きなシェアを誇っていた。しかし70年代に入り、日本からホンダの名車「CB750フォア」やカワサキ「Z1」が登場し、状況は一変した。その圧倒的な性能と、低価格はBMWをはじめ「トライアンフ」や「BSA」との差を決定的なものとし、みるみる業績を悪化させていく。結局、3気筒などのエンジンで対抗しようとした「トライアンフ」や「BSA」は日本の技術力に屈し、瞬く間に倒産に追い込まれてしまった


当時、我々高校生の間ではHONDA DREAM CB750 FOUR (K1.K2)を代表とし4気筒4本マフラーが憧れでステータス(スズキに於いてはまだ(GTシリーズ)2サイクル絶頂で3気筒2サイクル4本マフラーであった)

そんな、高校時代を経て就職し、その後もバイクに乗る
初めてのナナハン ヤマハXS750スペシャル 4サイクル3気筒750cc
このバイクはツインエンジンに良く似た特徴もあり低速にはパルス感が有った
回転が上がるとマルチそのもの
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その後今は名車?となってるCBX新車に乗る
マルチ最多気筒 加速感は実にスムーズだったジェット機のような音がした
二十歳代の親父CBX1000に乗る

高校時代マルチに憧れバイク乗ったあの頃からもう30年以上の月日が

自分なりに振り返り思うバイクの魅力って・・・・・・
そう、それはパルス感も有るのか
風を切りモーターの如く走り抜けるバイクもあるが
パルス鼓動もバイクの醍醐味なのか・・・・

通勤に使うスーパーシェルパも楽しい!あれは『ト・ト・ト・ト』と道を刻むような音が心良い
山に通勤に
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VTR250に乗る息子もVTRは『ト・ト・ト・ト』と言って走って行くと。

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そう、今でもあのカワサキのWシリーズは人気だ

そしてバイクの心臓音が聞こえる単気筒やツイン・・・
バイクが音と共に道を刻むパルス感や風

今月末から来月初にはボクサーツインがやってくる

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アンチBMWがボクサーエンジンに憧れ

偏見の多い親父はアンチBMWだった
そんな親父が惚れ抜き気に入ってるFJR1300Aを友人に譲り、BMW R1200RTボクサーエンジンと共に再出発する

FJR1300は知らぬ人へ渡る訳では無い身近な友人と共にまた道を歩み始めるだろう
それが、唯一の救いとなった

息子と一緒に旅したFJR1300A

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末娘とタンデムしたFJR1300A

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FJR1300Aと下北半島へ一人旅

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FJR1300Aの購入前にあたりツアラーを基準に選考が始まった
その頃、BMWも視野に有ったが、価格が異様に高価。
そしてエンジン出力に於いては、RシリーズのボクサーツインはFJRのマルチに対して歴然の差が有りKシリーズは若干FJRに勝るものの、価格面に於いて到底理解出来ぬ物であった。
結論として、BMWはブルジョア嗜好の物と偏見親父は判断していた。

ある日、BMW R1200RTに乗る機会が・・・・ 短い時間で有ったがインパクトが襲った
ボクサーツインの強烈な印象と低重心『バイクらしいじゃないか』そんな単純な思いから

ボクサーツインに乗ってる人達から色々と話を聞いたり情報を集め始め今に至り
幸い仕事仲間の友人が大型二輪免許の取得と機会が重なり
清水の舞台から飛び降りる気持ちでBMWに乗換える決心をした

<コラム> http://www.virginbmw.com/guide/engine/his_boxer.htmより

ボクサーエンジンは消えようとした!?

今でも多数のファンが愛してやまないボクサーエンジン。しかし、実はBMWはボクサーエンジンの生産をやめようとしたことがあると、知っていただろうか。

実は、BMWは1970年後半に「モーターサイクル生産を継続するかどうか」の決断を迫られている。空冷ボクサーの需要が年々下がり、業績が悪化していたのだ。その影にあったのが、日本車の存在と将来確実に厳しくなるだろう「規制」。BMWは、1960年代まで英国車の「トライアンフ」や「BSA」などとビッグバイクの主要マーケットであったアメリカで大きなシェアを誇っていた。しかし70年代に入り、日本からホンダの名車「CB750フォア」やカワサキ「Z1」が登場し、状況は一変した。その圧倒的な性能と、低価格はBMWをはじめ「トライアンフ」や「BSA」との差を決定的なものとし、みるみる業績を悪化させていく。結局、3気筒などのエンジンで対抗しようとした「トライアンフ」や「BSA」は日本の技術力に屈し、瞬く間に倒産に追い込まれてしまった。

もともと乗用車メーカーとしての母体があり、創業事業がモーターサイクルであったことから、モーターサイクル事業を継続していたBMWだが、日本勢の多気筒化、DOHC、水冷化によりボクサーとの差は開く一方であった。BMWも「ボクサーでは、到底日本車には勝てない」と判断していた。それでも、モーターサイクルは原点であったことを重視したBMWは継続を決断するが、年々厳しくなっていく規制を鑑みれば、ボクサーでは満足するものが作れない。ならばまったく新しいエンジン、つまり「空冷ボクサー」とは異なる「水冷DOHC4気筒(Kシリーズ)」の生産を決める。もちろん、日本勢のモノマネではなくBMW哲学を貫く。つまり、ボクサー同様にミッションから駆動系までを一体成型する。そう、水冷版のコンパクトドライブを目指したのである。

この革新という言葉を詰め込んだようなエンジンとともに、ボクサーエンジンは消えていくはずだった。ところが、その予測は完全に覆されるのである。なんと、この最新エンジンKシリーズが発売されても、ボクサーは相変わらず売れていたのだ。当初は、なくなるかもしれないボクサーを惜しんだファンが殺到しているのだろうと思われていた、いつまでも売上は落ちない。BMW社がファイナルモデル宣言をすると、バッグオーダーが殺到。しかたなく延命措置をとるも、ファイナルモデルの発表をするたびにバックオーダーがたまるという状況が続く。ユーザーはすでに性能だけでモーターサイクルを選ばなくなっている。BMWはそう判断し、それならば、とボクサーエンジンを改めて改良、新型ボクサーとして新ためてデビューさせたのである。

私たちが今、乗っているボクサー。決して性能を重視したわけではない。しかし、ボクサーエンジンの原点ともいえる「パワーだけを求めず、総合的な性能を追及する」という原点、哲学が貫かれ、そしてそれはライダーに評価されて80年以上を生き抜いてきている。BMWのエンジニアたちの情熱と、ファンの愛情に囲まれたボクサーエンジンを改めて見てみてはどうだろうか。



80年の歴史を刻んだボクサーツインに乗って見たいバイクの原点なのか?

FJR1300は現在フランス警察、憲兵らが使用してる定評ある素晴らしいバイク

ヤマハのFJRに限っての事では無いが
国内4大メーカー(ホンダ スズキ ヤマハ カワサキ)で世界のバイクの割合を多く占めてるのも事実である

今回BMW R1200RTを乗る事になった此れを機会に自分で素直に偏見無く感じた事を比較し乗り出そうと思う

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FJR1300 嫁に・・・・

2年半共に過ごしたFJR1300は嫁入りに。
走行距離は30000km程度
エンジンオイルやシャフトオイル交換は自分の拘りで面倒を見て来たFJR1300

事の発端は仕事仲間の友人が二輪大型免許を取得する覚悟から始まる
中古の大型バイクを探すが、年式は古く誰が乗ったのか解らない

そんな事から、ふと俺のFJR1300を乗らないか・・・・と

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FJR1300と1日1000kmを超えるツーリングもこなした事も有る
長距離を走っても『もっと走っていたい』そんな長距離スポーツツアラーだ
ワイディングも勿論、高速道路なら尚更スポーツ性を充分に発揮するバイク、その気ならパニアを付けたままでオーバー200km/hも軽々と・・・・
今30000kmを超えたFJR1300は絶好調。この頃から本領発揮なのか・・・・

愛着の有るFJR1300はナンバープレートもそのままETCやナビもそのままで嫁に行く

今まで有難うFJR1300!

ブログやHPのタイトルは当分そのままにしておくつもり

来月早々はFJR1300と新しい相棒が自宅に居る事になり
大型2輪免許を取ってバイクガレージが出来るまではFJR1300は居る。



ボクサーは決して速くはないがそれを補って余りあるものがあると信じたい

出力だけで考えると、当然ながら日本車や「ドゥカティ」に軍配があがる。またBMWでもボクサーではなく大型水冷4気筒の「Kシリーズ」に劣る。しかし、考えて欲しい。私たちが本当に共感するのは「BMWの中でも『ボクサー』に興味を持った」のか。本当に共感するのは極端な性能ではなく、快適な走行フィーリングであり、安全性能であり、そしてメーカーが製品に込めるプライドではないだろうか。「エンジンを中心に安心を追求し、ライダーには走行を全力で愉しんでもらう」という80年以上にわたり貫かれてきたBMWの哲学。あなたが「どこまでも走りたくなるような」エンジンを求め、「走る楽しみを味わいつくしたい」ならボクサーは、最善の友となってくれるだろう。
http://www.virginbmw.com/guide/engine/boxer.htmより

FJR1300有難う!そしてR1200RTよろしく。

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皆さんお元気ですか?

激務に追われブログの更新が出来ぬ2週間が過ぎてしまいました
ボチボチ更新も出来るかな~

親父が激務に追われる中、息子はまたしても一人でECHO第60回11月9日(日)富士山周遊ツーリング に参加。

西湘バイパス国府津PA 8時30分集合

西湘バイパス国府津PA ⇒ 箱根 ⇒ 国道1号 ⇒ 御殿場美華ガーデン ⇒
8:30   8:45

御殿場 ⇒ 富士山スカイライン水ヶ塚PA ⇒ 白糸の滝 ⇒ もちや(昼食)
                      12:00 ~ 13:00

 ⇒ いやしの里根場 ⇒ 道の駅なるさわ ⇒ 河口湖セブンイレブン
                        16:00(解散)

 ⇒ 御殿場、道志街道、中央道


走行距離約500kmのツーリング


毎回無事に帰宅する度に成長を重ね
もう一人で何処にでも行ける

そして一人で人生の大先輩の中に飛び込む姿勢は親父も一目を置く
バイクと言うアイテムを通して学べるものはきっと何かあるはず

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一人の仲間として

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また機会が有れば一人で出掛ける事だろう

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Author:kazu親父
★お知らせ★
2008年12月よりFJR1300Aから BMW R1200RTに乗換えました。
ブログタイトルはこのままにします宜しくお願い致します

風と共に FJR VTR




風と共に FJR VTR

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